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WSJ The Journal 解説: 卵の価格操作スキャンダル(2026年7月10日)

▶ 元エピソード: https://pdst.fm/e/traffic.megaphone.fm/WSJ6322326739.mp3

2026年7月10日

概要

アメリカで卵の価格が高騰していた背景には、鳥インフルエンザだけではなく、大手卵生産者による価格操作の疑いがあった――。司法省(DOJ=Department of Justice、アメリカ司法省)が1年以上にわたる調査の末に明らかにしたこの問題を、農業担当記者のPatrick Thomas氏が解説している。

DOJは、大手卵生産者3社の幹部が、鳥インフルエンザの流行に乗じて価格を高く維持しようと協調的に動いていた、と主張している。彼らは「卵版のウォール街」とも呼ばれる卸売市場を舞台に、意図的に価格を吊り上げるような入札行動を取っていたとされる。

最終的にこの件は和解で決着したが、その内容は「フードバンクへの5,000万個超の卵の寄付」という異例のものだった。消費者を苦しめた高価格の背後にあった業界の実態と、和解への批判を追う。

卵の供給網と価格の仕組み

アメリカの卵の世界は、地方に点在する巨大施設に数万羽から数十万羽の鶏を抱える大規模生産者が中心となっている。理想的な状態は、国民一人あたり採卵鶏1羽という需給バランスで、この水準を保つことで生産者は相応の利益を確保できるという。アメリカ人はおよそ一人一日一個の卵を食べる計算で、いわば全員が「自分専用の鶏」を一羽持っている状態だ。

このバランスが崩れると価格が乱れる。鳥インフルエンザはまさにそれを引き起こした。ウイルスは全米で数百万羽の鶏を死なせ、しかも生きた動物である鶏はすぐに補充できない。鶏が減れば卵が減り、価格が上がる、という構図だ。

価格高騰への疑念

数年にわたって卵の価格が高止まりを続けるなか、非営利団体や弁護士など一部の関係者が、スーパーの店頭価格が企業の言う需給の力学だけでは説明できないのではないか、と疑い始めた。企業が「危機を無駄にしない」形で価格を吊り上げているのではないか、つまり鳥インフルエンザが便乗値上げの隠れ蓑になっているのではないか、という疑問である。

この疑問は、卵の価格が政治問題化するなかで浮上した。2024年の大統領選挙では食品インフレが大きな争点となり、卵はその象徴的存在となっていた。Trump政権は卵の価格を下げることを掲げ、DOJが最初に着手したことの一つが、卵の価格をめぐる大手企業の行動に関する調査だった。

司法省が特定した3社

DOJは2024年3月に調査を開始した。卵業界は実は集中度が高く、約60社が国内の卵のおよそ9割を生産している。つまり「ビッグエッグ」と呼ばれる集団は、実際にはかなり小さなグループなのだ。

1年以上の調査を経て、DOJは6月末に提訴した。名指しされたのは3社の幹部である。国内最大手で全米の卵供給の約5分の1を占めるCal-Maine Foods($CALM)、大手のVersova、そしてはるかに小規模なHickman's Egg Ranchだ。DOJによれば、これらの企業の幹部が鳥インフルエンザの流行期を通じてメッセージのやり取りや電話での会話を重ね、卵の価格決定を助ける知られざるプロセスを操作したとされる。

「卵版ウォール街」での入札

その舞台となったのが、Egg Clearinghouse(卵クリアリングハウス)と呼ばれる仕組みだ。卵の生産者は市場を溢れさせて価格を暴落させないよう、あえて生産を抑える。そのため注文を満たせないときには、この特別な場所で他の生産者から卵を入札で調達する。オンラインの卸売市場で、親しみを込めて「卵版のウォール街」と呼ばれている。通常は半ダースから1ダース程度の企業が入札をやり取りする、いわば卵のオンライン競売だ。

DOJによれば、この仕組みをめぐって幹部たちの計画が動いた。鳥インフルエンザ流行の初年である2022年、最も規模の小さいHickman'sの最高経営責任者が、価格を押し上げるアイデアを思いついた。全員が積極的に入札し、クリアリングハウスを入札で溢れさせれば、市場が活発に見えて価格が高止まりする、という発想だ。

計画は2022年から2025年まで続いたとされる。この時期のテキストメッセージや通話記録には、3社の幹部が価格を吊り上げる話をしている様子が残っている。2024年12月、新たな鳥インフルエンザの発生で価格が上がり始めると、Cal-Maineの元CEOがHickman'sのCEOに「思い切りやれ(let it rip)」と送ったという。共謀者の一人は、シカゴでの投票のように「早く、何度も」入札すべきだと述べたとされる。

Cal-Maine、Versova、Hickman'sの3社はいずれも不正を否定している。Cal-Maineは、DOJの訴状で引用された通信は卵の価格に影響を与えておらず、同社の行動は合法で市場を支えるものだったと主張した。昨年末に会社を売却するまでCEOを務めたHickman'sのCEOはコメントを控えた。

「スプーフィング」という手口

DOJは、企業が同時に入札して価格を吊り上げたとされる疑いに加え、いわゆるスプーフィング(見せかけ注文)という手口も使われたと主張している。トレーダーが価格を動かそうとして売買注文を出しながら、約定する前にキャンセルする、いわばブラフの戦略だ。

たとえば2022年、大手生産者のVersovaが高値で入札し、他社がその価格で卵を提示し始めると、Versovaは自分の入札を削除したという。こうした手口は価格の上昇とともに続き、卵の全米平均価格は昨年3月に1ダース6ドル超のピークに達した。DOJによれば、幹部たちはこの価格上昇を祝っていたという。Hickman'sのCEOは記録的な価格が続くなか「今日の北西部は素晴らしい仕事だった」と述べたとされる。

鳥インフルと価格操作、どちらが主因か

では、2022年から2025年の高価格のうち、どれだけが価格操作によるもので、どれだけが鳥インフルエンザによるものだったのか。Thomas氏は明確な答えはないとしつつ、2025年に卵が1ダース1ドル超まで上がった究極の要因は、やはり鳥インフルエンザだと語る。深刻な供給ショックを引き起こし、レストランでの卵の追加料金やスーパーでの購入制限まで招いたのはウイルスだった。

DOJが指摘しているのは、企業幹部がこの危機を利用したという点だ。価格が乱高下し高い数字を提示しやすい状況で、取引の少ない「卵版ウォール街」において、より無謀な行動をしても見逃されやすかった、というわけである。

異例の和解

DOJは幹部たちが競合として共謀し、価格を長く高く維持しようとしたと主張し、典型的な民事訴訟として提起した。企業側の弁明は、価格が高い時期に稼いで蓄えておきたかった、というものだった。実際、鳥インフルエンザの感染が減れば価格は暴落する。そして今まさにそうなっており、卵の価格は非常に安く、卵企業は再び苦しんでいる。Cal-Maineは現金を確保しつつ、朝食用食品や調理済み食品の買収に動いて、より安定した収益を得ようとしている。

最終的にDOJは和解を選んだ。通常なら罰金や賠償金の支払いだが、今回は5,000万個超の卵をフードバンクに寄付し、捜査に協力したニューヨーク州などに約300万ドルを支払うという内容で決着した。卵の寄付を和解の内容とするのは、通常とはかなり異なる。和解の一環として、生産者は不正を認める必要がない。

高価格に不満を持っていた批判派の一部は、この結果にも不満を示している。卵企業の責任追及に声を上げてきたFarm Actionという団体は、和解が不十分だと批判した。もっと多額の罰金を科すべきで、今回の対応は表面をなぞっただけであり、将来の再発を抑止するには厳しさが足りない、という主張だ。企業が「事業コスト」として片付け、そう遠くない未来に忘れ去ってしまうのではないか、と懸念している。

この物語が明らかにするもの

Thomas氏は、この一件がアメリカの食料システムがいくつもの面で脆弱であることを明らかにした、と語る。需給ショックだけでなく、企業や幹部が互いに話し合う余地があり、訴状を読むと彼らが交わした無謀なやり取りが見えてくる。危機の際にシステムがいかに簡単に操作され得るかを学べる事例であり、「よい危機を無駄にしない」というのが全体を貫くテーマだと締めくくっている。

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