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500年先を読む設計

西岡棟梁と薬師寺西塔の話

「500年後には、ちょうどええ高さになるように作ったんですわ。」

この言葉、聞いたことがありますか?

これは、奈良の薬師寺で西塔(さいとう)を再建したときに、宮大工の西岡常一棟梁が語った言葉です。

現代では「明日どうなるかもわからない」ような時代。そんな中で、「500年後」を見越して建物をつくる、という発想。

今日はこの逸話を出発点に、日本の建築文化の奥深さと、木育に通じる時間感覚について考えてみたいと思います。

薬師寺・西塔再建という大仕事

薬師寺は、奈良県にある世界遺産の一つ。創建は飛鳥時代にさかのぼります。もともと東塔と西塔という双塔が並び立つ、美しい伽藍(がらん)でした。

しかし、西塔は室町時代に落雷で焼失。以後、長らく東塔だけが残されてきました。

その西塔を、千年の時を越えて再建しようという事業が始まったのが昭和50年代。この再建の大任を任されたのが、法隆寺での修理をはじめ数々の文化財を守り続けてきた宮大工・西岡常一棟梁でした。

「西塔が高いのでは?」という問い

再建後、東塔と西塔を見比べたある人が、こう尋ねました。「あれ?西塔のほうが少し高いような気がしますが…」

それに対して、西岡棟梁はこう答えたのです。
「今、少し西塔の方が高くなってるけど、五百年も経つと、東塔と同じくらいまで沈むんですわ。」

…ですって…。

そうなんです、500年後に、500年の間に木組みが馴染んで、500年後にちょうど同じ高さになるように、いま敢えて高く作った…というのです。

建築というのは、普通は完成時点を「最も美しい状態」として設計します。
けれど西岡棟梁にとっての「完成」とは、500年先の自然と建物が馴染んだ姿だった…というのがすごいですね!

「木」と「時間」の付き合い方

木で建てた建物は、時間とともにゆっくりと変化していきます。

  • 土台の木が地面に馴染み

  • 柱や梁が湿度によって動き

  • 軒先がわずかにたわみ、色合いも深みを増していく

これを「劣化」ではなく「馴染み」と捉えるのが、日本の木造建築の考え方です。完成して終わりではなく、完成してから“育っていく”という感じでしょうか?

こうした時間感覚をもった設計思想が、西岡棟梁の中には自然に根付いていたのではないかと思います。

西洋の「完成」、日本の「馴染み」

ここで少し文化の違いにも触れてみましょう。

西欧建築では、石造や煉瓦の建物が主流です。その価値観の中では、建築物は完成した瞬間が最も美しい。そこから先は、ひび割れや退色、崩壊へと「失われていく時間」が始まります。

一方で、日本の木造建築はその逆。完成した瞬間は、まだ未完成。時が経つことで、まわりの自然にも馴染んできて、ようやく本来の姿に近づいていく。

木が風雨に晒され、柱に艶が出て、屋根に苔が生え、それすらも美しさとして捉えてなんでしょうね。この感覚は、「人も自然の一部」と考える日本的自然観に支えられていると思います。

自然と調和する建築

西岡棟梁の建てた薬師寺西塔は、自然と闘うのではなく、自然とともに変化することを受け入れている建物です。

木は呼吸します。地盤は動きます。風や湿度、年月が建物に手を加えていきます。そして、金属をあまり使わず木組みで建てられた建物は、組まれたところがだんだんと馴染んでいくんでしょう。

そのすべてを見越して、最初の一寸を決める。それが、宮大工という仕事であり、木を使うという行為なんだろうなぁと思います。

木育的に言うと…

木育は、「木を好きになること」から始まりますが、その奥には、こうした時間と共に生きる知恵を感じ取ることも含まれています。

木はすぐに育ちません。使ってからも、すぐには馴染みません。

だけど、ゆっくりと育ち、使われ、馴染み、やがて風景になる。木を知るとは、時間の流れを楽しむことなのかも知れませんね。

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