「やりたいこと」は見つけなければいけないものなのか
今日は、生徒のインターン先への挨拶に行ってきました。
大学時代は教育学部だったので、教育実習の経験こそあれど、「インターン」というものには全く縁がなかった私。
だからこそ、高校生のうちから社会の現場で学べる機会があることを、とても貴重に感じます。
生徒たちの姿を見ていても、机上の学びとは違うリアルな経験が、彼らの視野を広げ、成長につながっているのがよくわかります。
そんな話をインターン先の方としながら、ふと考えたことがありました。
「やりたいこと」が見つかる時代?見つけなければいけない時代?
私の高校時代はというと、365日中360日、サッカーボールを追いかける日々でした。
「やりたいことがあった」と言えば聞こえはいいけれど、実際はそれしか知らなかった。サッカー以外の選択肢を考える機会もなく、「サッカーが好き=これが自分のやるべきこと」と思い込んでいました。
でも、今振り返ると、それは「やりたいことを見つけていた」というより、「他の選択肢を知らなかった」と言う方がしっくりきます。
もし当時、今の生徒たちのようにインターンを経験できる環境があったら、私はどう感じたのか。「サッカー以外の何か」を考えるきっかけになったのかもしれないな、とも思います。
「やりたいことを見つけなきゃ」と焦る風潮
最近は、SNSの発展で情報があふれ、「自分に合う選択肢」を知る機会が増えました。そのおかげで、「やりたいこと」が見つかる可能性も広がった一方で、「見つけなければいけない」というプレッシャーも同時に生まれているように感じます。
実際、生徒たちと話していると、「将来の夢がないとダメなんじゃないか」「やりたいことが見つからないのが不安」という声をよく聞きます。でも、本当に「やりたいこと」って、明確に持っていないといけないものなのでしょうか?
そんな考えから、先日読んだ本の一節を思い出しました。
先行きが不透明な時代、多くの人は「やりたいこと」がはっきりと見えているわけではありません。それにもかかわらず、だれもが「将来の夢」や「野望」を明確に持っていなければならないかのような風潮が広がり、それがかえってキャリアの悩みの種になってしまったのです。(p.95)
「やりたいことがないとダメ」「明確な目標を持つべき」という風潮が、逆に多くの人を悩ませている。これって本当に必要なことなんだろうか?と考えさせられます。
むしろ「やりながら見つける」方が自然では?
「やりたいこと」なんて、ずっと変わらないものじゃないし、むしろ経験を積む中で見えてくるものだと思います。
しかし、その「やりたいこと」には安斎さんが言うように、「将来の夢や野望を明確に持っていなければならない」かのような印象を持ってしまうことも少なくないのだと思います。
でも、「やりたいことがわからない」と焦る必要はないし、むしろ今ある環境の中で、少しでも興味があることを試してみることが大事なのかもしれません。
「やりたいこと」は、無理に探し出すものではなく、経験の中で少しずつ育っていくもの。
だからこそ、「今はまだ見つかっていない」と焦る必要はないし、むしろ「何が面白いのか」「何が得意なのか」を試しながら、育てていけばいいんじゃないかなと思います。
今日のインターン先での生徒の姿を見ながら、そんなことを改めて考えた一日でした。
