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遠く離れた街で、何もできなかったあの日

あの日のことを、今でもはっきりと覚えている。

東日本大震災が起きたのは、高校3年のとき。熊本の高校で寮生活をしていた。
学校から寮に戻ると、テレビには信じられない光景が広がっていた。津波が街を飲み込む様子とけたたましく鳴り響くサイレン。

何が起こっているのか理解できず、ただ画面を見つめることしかできなかった
自分には何ができるかなんて考えることもせず、何事もなかったかのように目の前のサッカーに打ち込む日々だった。


それから5年後の2016年。
大学生活を送っていた和歌山で、アルバイトの最中に「熊本で大きな地震があったらしいよ、大丈夫?」と休憩中のスタッフが声をかけてくれた。

その瞬間、頭が真っ白になった。
すぐにスマホで情報を調べ、家族や友人の安否を確認した。幸い、家族は無事だったが、熊本の街は大きな被害を受けていた。

数日後には大学のキャンパスで募金を呼びかける学生たちの姿があった。
彼らの行動力に感心しながらも、何もできない自分に引け目を感じていた

「自分も何かすべきなのでは」と思いながらも、どうすればいいのかわからず結局何もできなかった
震災のニュースを見ながら、5年前と同じように、ただ立ち尽くしていた。


1年後の卒業に向け、教員採用試験を受けるとき、地元・熊本県と横浜市の両方に応募した。
どちらも合格をもらった上で横浜を選んだのは、ただ単純に「熊本に戻ると、もう一生出られないだろうから横浜で暮らしてみたい」という気持ちからだった。

でも今考えると、もしかしたら、それは熊本に戻って被災した子どもたちを支えるという覚悟が足りなかったからなのかもしれない。

東日本大震災のときも熊本地震のときも、結局何もできなかった自分。
そんな自分が被災した子どもやその家族を支えることができるのだろうかと、熊本県のパンフレットの「震災復興」という言葉が重くのしかかってきたのを思い出す。


東日本大震災から14年。熊本地震からもあと少しで9年が経とうとしている。
毎年3月11日になると、テレビやインターネットを見て、あのときの無力感を思い出す。そして同時に、今ここで生きていることの意味を問い直させられる。

今、僕ができることは何か。これから先、どんな行動をとるべきか。

忘れないこと。考え続けること。そして、自分なりに動くこと。その思いを胸に、今日も過ごしていきたい。


本当に微力かもしれないけど、そんなことを考えながら以下の取り組みにも参加しました。
あと少ししか時間がありませんが、まだの方はぜひ「3.11」と検索してみてください。


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