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【24時間をデザインせよ!】久しぶりに見た恩師の言葉が、仕事と育児に追われる私の背筋を伸ばしてくれた

noteをはじめ、XなどSNSを伸ばしていきたいなと思っていたのに、気づいたら他人の投稿を眺めて時間が溶けていたことはありませんか?

「これは投稿を考えるためのインプットなんだ」と自分に言い訳をしつつ、気づいたら30分…いや、1時間…。

これまでの自分はまさにそんな時があり、本当は投稿をしたかったのにも関わらず他人の投稿にスキをしたり、記事のシェアをしたりして時間が過ぎていたなんてこともありました。


恩師の言葉が、ふたたび刺さった

そんなある日、ふと高校時代の恩師・平岡和徳先生(現・宇城市教育長)の言葉を思い出しました。

「凡事徹底」
「24時間のデザイン」

当時の私は、朝練から始まり、授業を終えてすぐ夕練、そして寮に帰る日々。
朝6時に起きて練習に向かうのが当たり前で、自宅から通っている生徒は始発に乗って、6時にはもうグラウンドに立っていました。

3年生になると、部活だけではなく受験勉強も本格化。
センター試験を受験する部員は夏のインターハイで部活を引退するのが一般的でしたが、私は国公立大への進学も、冬の選手権まで続けることも諦めきれず、どちらも全力で取り組む道を選びました。

21時の点呼が終わったあと、寮の部屋で夜な夜な勉強する日々。(同部屋の子に申し訳なく、薄暗い中で勉強したり、ベッドでリスニングを重点的にやったりしていた記憶もあります…)
寮の中でセンター試験を受けるのは私だけだったので、なんとなくの孤独感を抱えながらも、「今はやるしかない」と突っ走っていた日々が思い出されます。

あの頃は深く考えず、ただ目の前の目標に向かってがむしゃらに走っていました。

でも今、子育てと仕事に追われ自分の時間がどんどん減っていくなかで、ようやく、先生が伝えたかった「凡事徹底」や「24時間のデザイン」という言葉の重みが、じわじわと私の中に響いてきたのです。


「自分の時間」がなくなったからこそ、考える

当たり前ですが子どもが生まれてから、自分の時間は激減しました。

朝も夜も、基本的には「誰かのために動く時間」。
以前のように好きなだけカフェで本を読んだり、サウナに行ったりということは、なかなかできません。

でも、だからこそ気づくのです。

限られた時間だからこそ、ちゃんとデザインしないと、すべてが「なんとなく」で過ぎ去ってしまう。

冒頭に触れたSNSを見る時間が無意味だとは思いません。
むしろ、しっかりと発信するために、必要な情報を得たり、さまざまな人と繋がったりすることは、確かに大事だと感じています。

でも、自分が本当にやりたいこと、叶えたい暮らし、目指す働き方。
それに向けて「24時間をデザインできているか。」
「当たり前のことを、人並み以上に一生懸命やれているか。」

10年以上経った今、この問いが改めて私に語りかけてきました。


24時間のデザイン、今日からできること

特別なことをしようと思うと続かないので、以下のような小さな工夫から始めてみたところです。

・寝る前に「明日やるべきこと」をタスクシュートのアプリに書き出す。
・第二領域の重要なタスク(今でいうと、このnote毎日投稿など)はカレンダーをブロックしておく。
・noteやXの投稿は、最初からアプリを開くのではなくChatGPTに壁打ちしてから、投稿するときにアプリを開くようにする。

「凡事徹底」ができているとはまだまだ言えませんが、
“自分の24時間をデザインする”意識だけで、毎日がちょっと引き締まる感覚があります。


いつも背筋をピシッと

忙しいときほど、ふとした瞬間に、過去の学びが背中を押してくれることがあります。

今回の言葉を思い出させてくれたのは、以下の書籍のおかげでもあります。(指導哲学がまとめられた本が出るくらい高校サッカー界では有名な方なんです。)

きっと、皆さんの中にも「誰かにかけられた言葉」で、今も心に残っているものがあるのではないでしょうか。


私にとっては、「凡事徹底」「24時間のデザイン」

高校時代を思い出し、背筋をピシッと正してくれるようなその言葉を、これからも忘れずにいたいと思います。

しばらくこの本は、デスクの上の特等席に置いておこうかな。


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