見出し画像

[自己紹介]パニ障・社会不安・男性更年期・休職・ポストオフ。それでもキャリアは立て直せる

「無理なもんは無理」と弱音を吐いても、泣き言を言っても、キャリアは立て直せる。

はじめまして。より(依)と申します。50代半ばです。

noteでは、「男性更年期×働き方リセット」をテーマに、揺らいだ働き方やキャリアをどう立て直していくかを、当事者として綴っていこうと思っています。

今だから言えますが、少し前までのわたしは、かなりしんどい時期のただ中にいました。

男性更年期で体調を崩し、思うように動けなくなっていました。
それだけではありません。
働き方も、キャリアも、生活も、自尊心も、総崩れでした。

「このまま、俺の人生は終わっていくんじゃないか」

そんなふうに思いながら、先のことを考えられない日々が続いていました。


働けなくなって、キャリアが止まった話

私の不調は、いきなり男性更年期から始まったわけではありません。
最初に大きく崩れたのは、20代半ばのパニック症状でした。

電車の中で突然、息がうまくできなくなり、「このまま倒れる」「死ぬかもしれない」と本気で思いました。検査では異常なし。けれど、本人は明らかにおかしい。あの時の「本人はとても苦しいのに、外からは見えない」という構図は、その後の不調でもずっと続きました。

その後しばらくは、大きな病気もなく働いていました。けれど、40歳前後から別の不調が始まりました。

動悸、胸の痛み、めまい、発汗、不眠、不安感、集中力の低下。

内科、循環器内科、消化器内科、耳鼻咽喉科、脳外科、心療内科と、いろいろ回っても、返ってくるのは、「異常なし」「様子を見ましょう」ばかりでした。

こんなにつらいのに、どこへ行っても答えが出ない。病院に行っているのに、診断がつかない「診断難民」状態。

今思えば、かなり長い「暗黒の病院ガチャ」の時代でした。

その一方で、仕事では人事としてキャリアを積み上げ、会社では責任ある立場を担っていました。けれど、体の中では確実に何かが崩れていきました。

そして50歳になった頃、とうとう限界が来ました。

地下鉄の駅通路で、ひどいめまいに襲われたのです。
視界も真っ暗になり、その場でしゃがみ込むしかありませんでした。

それ以来、駅のホームでも職場でも、動悸やめまいが繰り返し起こるようになりました。

人事部の責任者を務めていた時期でしたが、正直、仕事どころではありません。それどころか、生活そのものがかなり危ういところまで来ていました。

もうごまかせないと思い、原因について自分でもかなり調べ続けました。そうしてようやく、「男性更年期」という言葉にたどり着いたのです。

そこで初めて、今までの働き方はもう続けられないのだと、現実味をもって感じるようになりました。
その結果、部下を持たない立場になり、キャリアの前提そのものが変わりました。

私にとって、これは単なる配置転換ではありません。
積み上げてきたキャリアのレールから、自分で降りる決断でした。

悔しかったです。情けなかったです。喪失感も大きなものでした。

「自分の人生、これで終わりだな」と、本気でそう思いました。

ただ、同時に、どこかで引っかかっていた感覚もありました。

「このまま何もできずに終わるのは、さすがに違うんじゃないか。」と。

これまで人事として、たくさんのキャリアを見てきました。うまくいく人、うまくいかない人、その裏側も。

そんなわたしが、何もできないまま終わるのか。それだけは、どうしても納得できませんでした。だからこそ、このまま引き下がるわけにはいかないと思ったのです。

同じやり方では、もう無理だと気づいた

すぐに気持ちが切り替わったわけではありません。

悔しい。
情けない。
置いていかれた。

そういう感情は、しばらく消えませんでした。

それでも、ひとつだけ分かっていたことがあります。
このまま感情に引きづられていても、状況は何も変わらないということです。

だったら、やり方を変えるしかない。
そう考えるようになりました。

まず、自分のこれまでを見直しました。

パニック障害も、社会不安障害も、男性更年期も、休職も、ポストオフも、正直に言えば、振り返りたくない経験です。

でも、そのままにしていても何も変わらない。
だったら、その経験をどう使えるか考えるしかない。

そうやって、一つひとつ整理し直しました。

見えない不調を経験してきたこと。
職場で理解されにくいしんどさを味わってきたこと。
キャリアが変わったあとでも、動き続けていること。

この経験には、ちゃんと意味がある。
そう思えるようになりました。

次に、仕事のやり方を変えました。

以前のように全部やるのは無理です。
無理なものは無理です。

だったら、やることを絞るしかない。
限られた時間と体力の中で、価値が出るところに集中するようにしました。

さらに、会社の中でまた前のような立場を目指すことにこだわるのもやめました。

会社の仕事は続けながらも、それだけに頼らない形も少しずつ作っていこうと思いました。書くことや発信は、その一つです。

そう考えるようになってから、男性更年期の見え方も少し変わっていきました。

男性更年期は、ただの終わりではない。
働き方を見直すタイミングであると。

同じようにしんどいあなたに、伝えたいこと

同じようにしんどさを抱えているあなたに向けて、伝えたいことがあります。

それは、前と同じやり方には戻れなくても、ここから立て直していけるということです。

男性更年期って、まだ“女性のでしょ?”で終わってしまうことが多いんです。
職場で説明しにくい。家族にも言いにくい。しかも、外からは見えない。

だから、多くの人がギリギリまで我慢してしまいます。
もしかしたら、あなたもそうではないですか?

うまく言葉にできないまま、一人で抱え込んでしまうことも少なくありません。

わたし自身、そういうしんどさを当事者として経験してきました。

だからこそ思うのです。
悩み抜いてきた人ほど、本当は弱いわけではない。
ただ、そのしんどさや強さが、会社や社会に伝わる言葉になっていないだけなのだと。

わたしは、人事として3,000人を超えるキャリアの裏側を見てきました。
その経験も踏まえて、男性更年期で働き方やキャリアが揺らいだ人が、ここからどう立て直していけるのかを言葉にしていきたいと思っています。

働き方を見直すこと。
会社との付き合い方を変えること。
前と同じではなくても、自分なりの形を作っていくこと。

そういうことを通して、人生の主導権を少しずつ取り戻していける。
そのことを、このnoteで伝えていきたいと思っています。

これから、どう生きていくか

わたしの人生も、まだ道半ばです。

男性更年期の症状が完全に消えたわけではありません。
波もありますし、揺らぐこともあります。

でも、だからこそ見えてきたこともあります。

男性更年期の問題は、治療だけで終わるものではありません。
働き方の問題でもあり、キャリアの問題でもあり、家族や職場との関係の問題でもある。
そして、人生の後半をどう生きていくかというテーマにもつながっていると感じています。

だからこそ、この経験を自分の中だけに留めず、これからも言葉にしていきたいと思っています。

同時に、わたし自身の生き方も、少しずつ組み替えていきます。
会社での仕事は続けながら、それだけに頼らない形もつくっていく。
書くことや発信も、その一つです。

一度揺らいだあとでも、その先の生き方は選び直していける。
そのことを、自分自身の歩みの中で少しずつ示していけたらと思っています。

ここであなたに約束すること

このnoteでは、きれいごとや、都合のいい話を書くつもりはありません。

わたし自身が遠回りしながら考えてきたことや、しんどい中で少しずつ掴んできたことを、できるだけそのまま書いていこうと思っています。

体調に波がある中で、会社の中でどう働いていくか。
見えない不調を、どう言葉にしていくか。
休職やポストオフのあと、どうやって立て直していくか。
男性更年期と、どう付き合っていくか。
そして、働き方そのものをどう見直していくか。

そんなことを、このnoteでは書いていきます。

あなたも今、「もう前みたいには働けないかもしれない」「このまま先細っていくのかな」と感じているかもしれません。その不安な気持ち、よくわかります。

実際、前と同じようにはできなくなることもありますし、前と同じやり方が通用しなくなることもあります。

無理なもんは無理ですから。

でも、そこで終わりではありません。
やり方を変えながら、ここから立て直していくことはできる。
わたしは、そう確信しています。

ここから、働き方の立て直し方を具体的に書いていきます。
よければフォローして、続きも読んでみてください。

これから、よろしくお願いします。

より(依)

いいなと思ったら応援しよう!