見出し画像

和合なき多様性は、混迷を極める。

malta與録2026-5-13

(丸田和夫:随與録.根源的生命.その窮極的真実に生きる、文芸社セレクション、2026)

「多様性」という言葉だけが一人歩きする現代。しかし、それを繋ぎ止める「和合の心」がなければ、組織はただ混迷し、声の大きい者に支配されてしまう。先日参加したシニアの会合で感じた、現代社会の本質的な課題とは。

先日、シニア世代が多く集まる会合に足を運んだ。
年齢も性別も違えば、歩んできた職業や価値観、生き方もそれぞれ異なる。まさに、人間の多様性を凝縮したような場であった。
会が始まると、さまざまな意見が勢いよく飛び交った。

その議論の向かう先は定まらず、互いの言葉は交差するばかりで、場は次第に収拾を失っていった。やがて、一人の声の大きな人物が全体を強引にまとめ、結論めいたものが形づくられていく。
どこにでもある、ありふれた光景なのかもしれない。

だが私は、その場に、現代社会が抱える深い歪みを見た気がした。
いま、世の中では「多様性(ダイバーシティ)」が盛んに尊ばれている。
けれども、それらを繋ぎ止める「和合」の精神が欠けていれば、どうなるのだろう。
異なる背景を持つ人々は、互いを理解できぬまま分断し、組織の中には対立と混乱だけが残っていく。
共通の目的や規範は力を失い、全体はまとまりを欠いてゆく。
そして、多様な意見を受け止める軸がなければ、最後には、声の大きな者の意志だけが場を覆っていく。

たとえ幾千万の人々が集まろうとも、そこに相和する心がなければ、それは単なる「烏合の衆」にすぎない。
軸を失った多様性は、人々の思考や行動を散り散りにし、互いを遠ざけてしまうだけではないだろうか。
私たちが本当に目指すべきものは、違いを無理に一つへ統合することではない。
それぞれの異なる立場や価値観を認め合い、みだりに変えさせず、それでいて、その奥に流れる「共通する本質」を見失わないことである。
異なる意志を抱えながらも、互いを包み込み、調和へ向けて静かに調整していく。
そこにこそ、成熟した組織や共同体の力が宿るのだと思う。
あの会合で唯一共通していたのは、「年を重ねてきた人間が集まった」ということだった。

しかし、それは単に仲良く集えばよいという話ではない。
その集いから何を学び、何を生み出し、何を次へ手渡していくのか。
そこにある真実を見出せなければ、人が集まる意味そのものが失われてしまう。
和合なき多様性は、やがて混迷を極めていく。

違いを認め合う「和」の心があれば、多様性は分断ではなく、豊かな力へと変わっていくはずだ。
いま、多くの組織や共同体に、人と人との違いを力へ変えていく「和合の心」は、果たして残っているのだろうか。
補遺

(丸田和夫:我が人生の帰趨.kindle版、幻冬舎、2025)
https://renaissance-media.jp/category/gr1484

いいなと思ったら応援しよう!