見出し画像

私がnoteを始めた理由



── なぜ、私は綴るのか




言葉にできない感情や、うまく伝えられない感覚を、抱えたまま生きてはいないでしょうか。

他人には説明しきれないのに、「自分には確かにある」と感じる何か。


noteに言葉を綴りはじめたのは、そうした“曖昧なのに確かに有るもの”を、自分のために記録しておきたかったから。


本格的に書き始めたのは、2025年7月24日。
ただ、アカウント自体は2024年3月3日時点には作っていた。
本格的に書き始めた理由は、プロフィール(自己紹介)に記してある。


今回は、アカウントを作成した当時の話をしたいと思う。



自分という大衆を信じてみる


「ヒットは、狙ってつくれるものではないと思っています」


川村元気さんのこの一言が、胸の奥で妙に響いたのをよく覚えている。

世の中には「大衆が求めるものに合わせろ」という声が多い。
SNSのアルゴリズムに従え、市場調査をせよ、トレンドを押さえろと。
だが、それらはすべて「今の空気」を追いかける行為にすぎず、追いついた頃にはもう古びているのでは。と感じてしまう。

川村元気さんは、映画の企画から完成までに長い年月がかかると言う。
つまり「今、流行っているもの」に合わせたとしても、それが完成する頃にはすでに時代が変わっているということだ。

だからこそ、「自分が観たいものをつくる」という姿勢こそが、もっとも誠実で、もっとも普遍的なのだと思う。

それは表現だけではない。生き方そのものでもある。


「自分」というセンサーを信じる覚悟


人の心に残るものは、常に「切実さ」から生まれている。
頭で考えたものよりも、腹の底から湧き上がる衝動にこそ力が宿る。

noteを始めたのも、突き詰めればそこだった。
誰かの役に立ちたいとか、有益な情報を届けたいとか、そういう“立派な理由”は後づけにすぎない。

正直に言えば、「何かを吐き出したかった」のである。
記憶を、感情を、言葉にして外へ放り出さなければ、自分が壊れてしまいそうだった。

川村元気さんの言う、「まずは自分が1800円を払ってでも観たいものを作る」という姿勢は、まさにそれだった。

自分の中の“大衆”を信じるということ。

自分というひとりの人間の感覚が、時代と交差したとき、初めて「他者に届く言葉」になる。
その順番が逆になった瞬間、すべてはノイズと化す。


記憶とは、欠けているからこそ光るもの


もうひとつ、noteを書く上で深く影響を受けた話がある。
それは、AIについての川村元気さんの視点だ。

「人間の本質は記憶なんだと思った。けれど、創造性というのは、“何を知っているか”ではなく、“何を忘れているか”に宿るのではないか」と。
たとえば、AIから「赤」という色の記憶を奪えば、AIは赤を再現するためにあらゆる手段を使おうとするだろう。
「愛」という言葉を奪われた小説家AIもまた、他の言葉を駆使して、どうにか“愛”を表現しようとするはずだ。

川村元気さんインタビュー記事より引用


それこそが、人間の創造性であり、個性なのだと川村元気さんは語る。

この視点は、ものすごく腑に落ちた。


人は、「すべてを知っている」状態からではなく、「何かが足りない」状態から何かを生み出す生き物なのだ。


それは、失敗や喪失、欠如が、創作や言葉の源になり得るという証左でもある。

だからこそ、完璧である必要はない。

傷ついた過去も、忘れかけた思いも、記憶の断片も、すべてが書く理由になる。


自分という大衆を、信じ直す


noteを本格的に書いて2週間が立とうとしている。
書いていく中で、自分でも気づかないうちに「大衆向け」を意識しすぎて、どこかブレてしまった瞬間があった。

PV数や反応を気にして、言葉が少しずつ濁っていった。

この記事を書いているのは、そのブレを正し、改めて原点に立ち返るためでもある。

世の中の大半は、「多数派」に寄り添えという空気で満ちている。
だが、今や「大衆」という言葉自体が曖昧になり、瞬間ごとの流行り廃りに消費されている。

だからこそ、立ち返りたい。

自分という大衆、自分の中の「切実さ」だけは、誰にも偽ることができない。
その感覚に忠実であろうとするとき、自然とnoteの言葉は湧いてくる。

マーケティングでもなく、アルゴリズムでもない。
「いま、これを書かなければ生きていけない」
そういう言葉こそ、人の心に届く。
そしてそれは、誰よりもまず、自分の心を救ってくれる。


終わりに


noteを書くことは、記録であり、再起のプロセスでもある。
川村元気さんの言葉に出会って、自分という“大衆”をもう一度信じてみたくなった。

正解かどうかなんて、どうでもいい。
感覚で高く飛び、あとからそれを言語化する。
その積み重ねこそが、自分なりの「創作」なのだと思う。

もしあなたにも、「誰にも言えない感覚」や「言葉にならない感情」があるなら、
ここにそっと置いていってほしい。
その欠けた感覚からこそ、何か新しいものが生まれるかもしれない。

そして最後に問いたい。
あなたがnoteを始めたきっかけはなんだったでしょうか。


参考


川村元気が"メガヒット"を連発できる理由 『電車男』『告白』『君の名は。』 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)


小説家・川村元気が「認知症」を描いたわけ ヒットメーカーが「忘れゆく祖母」にみたもの | ブックス・レビュー | 東洋経済オンライン 



いいなと思ったら応援しよう!

よろずさん。|繊細無職の生存戦略 「チップは洋の文化、心付けは和の文化。どちらも深々と感謝します。特に心付けの場合は、感謝の傘を差し上げます。」

この記事が参加している募集