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自己紹介|SNSカウンセリング|繊細さん|INFP

「一瞬でも、その人を救えたら。」

        そんな想いで、始めました。


1.ごあいさつ

はじめまして。

SNSカウンセリングを始めたよろずです。

ご覧いただき、ありがとうございます。

このnoteを開いてくれたあなたは、いま、どんな気持ちで過ごしていますか。

「​特別な理由はないはずなのに、なぜか毎日なんとなく心が重い。」

「自分の本音を言葉にするのが苦手で、つい周りに合わせてしまって後からどっと疲れる…。」

​かくいう私も、ずっとそんな「生きづらさ」や「心の仕組み」について、自分なりに試行錯誤を繰り返してきた一人です。

完璧な答えを持っているわけではありませんが、自分が悩んできたからこそ、今まさにモヤモヤの渦中にいる人と、同じ目線で、一緒に心を紐解いていけるんじゃないかと思っています。

言語化は難しいけど、なぜか、心がモヤモヤしたり、​仕事のこと、人間関係、プライベートの深い悲しみ、あるいは自分自身に対するイライラ。

​誰かに話したい気持ちはあるけれど、「どうせ分かってもらえないだろうな。」と思うと、結局何も言えずに我慢してしまいますよね。

​誰にも見せられなかったその我慢を、無理に隠さず、そのまま吐き出せる場所があったらいいなと思うんです。

あなたの気持ちを、自分のことのように受け入れ、ただ静かに耳を傾ける。そんな風に、張り詰めた心を少しだけ緩められる存在でありたい。それが、私がカウンセリングを通してあなたに届けたいことです。



2.SNSカウンセリングに対する私の考え

あなたはカウンセリングと聞いて、どのようなイメージをお持ちでしょうか。

利用したことがない方は、いまいちピンとこないかと思います。そして、あまり良いイメージはないことの方が多いかと思います。

「自分の悩みをカウンセラーが言ったところで何か変わるの?」

「かなりメンタルの弱い人、病んだ人が受けるものなんだよね?」

「どうせ、相談したところで…」

日本ではまだまだそんなイメージを抱く人の方が、多いかもしれません。

令和7年1月時点で、日本における精神疾患を有する総患者数は、約603万人もいます。

(精神保健医療福祉の現状等について
厚生労働省 社会・援護局
障害保健福祉部 精神・障害保健課の資料より引用)

10年ほど前の平成26年では約392.4万人。

年々増加しているのが、数字に現れています。

このような状況にもかかわらず、日本では、まだまだ気恥ずかしさや、病人扱いされたくないという心理が働き、カウンセリングを受けることへ抵抗がある人は多い。これが実情だと思います。

また、日本人はこれまでずっと「耐えることが美徳」とされ
てきたため、辛くても我慢してしまう傾向も相まっている。

そのため、日本では、“心のケア=自分の弱さ”と感じてしまう文化がいまだに根強く残っています。

「人に弱みを見せたくない。」と考える人も少なくない。

家族から会社まで、どの組織のほとんどの人も、本来の仕事とは別の『もう一つの仕事』に精を出している。大半の人が自分の弱さを隠すことに多大な時間とエネルギーをつかっているそうです。

「失敗したことによって周囲から思われているほど優れていない自分がばれてしまうこと」への恐れからきているそうです。

やがて、理由は人それぞれではあるものの、仕事や人間関係の悩みを一人で抱え込んで、我慢の限界に達して、うつ病になってしまうケースが増えています。


でも、世界の多くの国ではまったく違います。

例えば、彼氏彼女さんと喧嘩したり、家庭内に問題が起きた時など。

「これからカウンセリングに行ってくる。」ということが、日常的に行われているそうです。

風邪引いたときに病院へ行くのと同じ感覚で、カウンセリングが身近な存在にあるのです。

それだけ、“メンタルを整えること”は、自分を大切にする日常の習慣と捉えているのだと思います。

なので、正直、悩みや本音を聞いてもらえる親しい人がいれば、その人に話して心が晴れるなら、それはそれでカウンセリングまでしなくとも何も問題はないと考えます。

それはそれで確かなんですが、ただ、話せる相手ってそこまで多くはいないと思いませんか。私はすべて本音で語り合える親友は一人、二人しかいません。

その数少ない親友へ、自分が不安や悩みにぶつかる都度、何度もアドバイスをもらったり、落ち込んだ都度、励ましてもらってというのを繰り返すと、その大切な相手も消耗しちゃい、距離を置かれてしまうなんてことも少なくありません。依存にもつながってしまいかねます。

また、その相手も多忙であったりすると、雑に扱われたり、流されてしまうこともあり、今までの関係性が崩れかねないかもしれません。

他にも、悩みを吐き出す手段として、SNSで愚痴を吐くこともできる時代です。

ただ、はじめのうちは気持ちが落ち着くと思いますが、やがて、インプレッション数や誰かのリアクションの有無に一喜一憂したり、誤解されて炎上したり、誹謗中傷されたりして逆に落ち込む…

というケースもあり得ます。

その点を踏まえると、カウンセリングであれば、プライバシーと秘密厳守の安心した環境の中で、カウンセラーが親身になって、あなたの話を聴きます。

カウンセリングにも色々な手段がありますが、対面や電話で行うというものが今なお主流です。

しかしながら、経済協力開発機構(OECD)の調査によると、うつ病や不安障害などで専門家の診察や治療を受けた人の割合は、欧米の多くの国で30%〜50%にのぼるのに対し、日本は10%にも満たないというデータがあります。カウンセリングの利用経験者に絞るとその割合はさらに低く、ある調査では約6%という結果も出ています。

メンタルヘルスを身近なものにするための日本の課題 | 世界経済フォーラム

まだまだカウンセリングというハードルは高いんだなと納得いく数字ですよね。
あと、ちょっとしたことではあるんですが、「日時予約して、出向く煩わしさ、会話だと上手く話せない、緊張してしまう。」などといった様々な理由から、カウンセリングを受けることに抵抗を感じる方も中にはいるんだと思います。

そのような方でも、様々な相談ができるのがSNSによるカウンセリングという選択肢です。

SNSによるカウンセリングは、直接カウンセリングルームに
出向かなくとも、パソコンやスマートフォン等の端末を利用できる環境であれば、いつでもどこでも利用が可能となります。

そのため、対面や電話より、気軽に相談できるのがメリットの一つだと捉えています。


3.心理カウンセラーを目指すきっかけとなった出来事

以前の私が、このSNSカウンセリングを知っていたなら、「誰かに相談する。」という重要性だけでも気づくことができたかもしれません。

そう後悔するのは、私自身、メンタルを病んでしまった経験があるからです。

私は会社員時代、サラリーマンであると同時に労働者の雇用維持や労働環境を守るため、労働組合の役員を10年以上、務めてきました。

会社業務の傍ら、労働組合の役員として、職場の課題や、人間関係、人生相談、金銭トラブル、対人トラブルなど、あらゆる人のさまざまな声を傾聴し、改善に努めてまいりました。

ところが、忙しいことを理由に自分を労ることはせず、我慢に我慢を重ねて、我慢のみで耐えようとして、うつ病になってしまう経験を経ています。詳しくは、自己紹介の項目を見ていただければなと思います。

その当時、自分のことは後回しにし、自分の心を蔑ろにしたことで、周りの大切な人たちにも影響し、大切な人たちを蔑ろにしていたことを後悔し、とても悔やみました。

そして、私と同じような繊細で我慢でなんとかしている方が、自分のような失敗の道を歩んでほしくないという想いから、心理カウンセラーとしての道を歩み始めました。


「少しでも、一瞬でも、誰かの心を救えるなら本望だな。」と。


同じ傷に寄り添えると思うので、お気軽に、ご相談いただければ幸いです。


ご相談はこちら。



4.カウンセラーの自己紹介


改めて、SNSカウンセリングを担当する“よろず”です。

ここから先は、私の自己紹介をさせて頂きます。

一言でいうと、私は「繊細なSNSカウンセラー」です。

自分で繊細と名乗るのもお恥ずかしい話ですが、実際、生まれもった性格は、なかなか変わらないものだと受け入れることにしました。

あの有名な岡田准一さんは、「クヨクヨしない、渋くてかっこいいおっさんになりたい。」といった思いや、精神的な強さ・自分自身と向き合うことを求めて、ブラジリアン柔術をはじめとする本格的な格闘技に深く取り組んでいるそうです。

見習いたいアプローチの方法ですが、私にはそこまで出来ませんでしたので、クヨクヨする自分も受け入れる選択をしました。


私の経歴と共に、以下に記していきます。


興味を持たれた箇所だけでも、さらっとお読み解きいただけると幸いです。

私は1989年生まれで、現在は東北在住です。

幼い頃からシャイで、幼稚園では

一人で積み木遊びをしているような

穏やかな子でした。

小学校に入ってからも、

家族とは普通にしゃべるけれど、

学校では緊張しいで話さない。

友だちができるまでは長い歳月が

かかったかと記憶しています。


サッカーを始めたのが、功を奏したのか、

学年が上がるにつれて少しずつ

自分からしゃべるようになってきました。

ただ、恥ずかしがり屋さんな性格は治らず、

主語もなく、端的に話してしまう。

「何を言いたいのか分からない。」

と言葉足らずで、友達から注意されることもしばしば。



その内向的な性格のため、

10代の頃は学校のクラスや、

部活、恋愛での人間関係に悩まされ、

一匹狼を演じては、なるべく

コミュニケーションを避けて、

過ごしてきました。


完全なほどに、ことなかれ主義でした。


自分のコミュニケーション能力の無さ

に呆れ、そして、自己肯定感も低い。

そんな劣等感を抱えたまま、私は

社会人になります。


中小企業に入社して数年が経ったころ、

そんな自分を払拭したいと一念発起します。

余裕、余力なんてないはずなのに。


労働組合の役員になり、業務以外にも、

さまざまな組合活動に10年以上取り組むことになりました。


経営との春闘交渉、労働条件や福利厚生の維持向上、

ボランティア活動、教育、レクリエーション活動、

そして、職場トラブルや、人間関係の世話役まで。

労働組合の活動は、多岐にわたりますし、土日で対応しなきゃいけないこともあります。


この経験が私を大きく成長させる経験にもなりましたが、

同時に、経歴が上がれば上がるほど、本来の自分との乖離

が生まれていった原因でもありました。



ほんとは内向的で、コミュニケーションに苦手意識の

ある自分は、どこか無理して立ち振る舞っていました。

毅然とした態度でいたつもりですが、

責任が増えれば増えるほど、気づかずうちに

プレッシャーとストレスは溜まり、ギャンブルやお酒も増えました。


当時、公私どちらが本当の自分かもわからなくなり、

プライベートのライフイベントは、こなす感覚に

近かったと思います。

結婚し、子どもが生まれ、子どもの成長を全力で喜びたい。

けれど、喜怒哀楽の感情すら疲れるので、なるべく感情を無にすることを選んでいました。情けないほどに、疲れ切っていました。

ところが、自己保健義務として、栄養面など身体面の管理は心がけていましたが、知識習得と考える時間を優先し、睡眠時間は削ってましたし、メンタル面のケアは皆無でした。

そして、家族へも忙しいことを理由に、蔑ろな態度で横柄だったのかもしれません。イクメンと呼ぶには程遠いただお金を稼いでくるATM旦那だったと思います。

その結果、ズボラな性格も相まって、離婚を経験しました。

身近な人を大切にできない人間が、表舞台に立ち続けていいものか、常にジレンマは抱えていました。

ただ、その時に、立ち止まって考えることをせず、また、がむしゃらに余計に仕事に打ち込むようになってしまいました。

やるしかないと追い込みました。

かれこれ、10年以上は自分をだましだましやり過ごしてきたかと思います。

ところが、ある日突然、ベッドから動けなくなり、しばらく休んでいるうちに、感情がどこか遠くにいってしまったことにも気づきます。

その後、うつ病と診断され、1年ほど休職。結果的に、会社を去る事になり、その後、無職として過ごしてきました。

その立ち止まっていた時間の中、何もない自分を過ごしているうちに、芽生えた気持ちは「もっと自分を知りたい。知らないと。」という気持ちでした。

今まで、自分と向き合うことをせず、なんとなくこうだろうなと世間体を気にし、周りを気にし、自分の色を消すことに励んできたような気がします。

宮沢賢治の雨ニモマケズの詩を目にしたことが、どなたも一度はあるかと思います。

↑参考の項目で詩を載せています。

私はこの詩が好きすぎて、もはや、でくのぼうに憧れ、人のためなら自己犠牲をもいとわないと、それが美徳とも、思っていた時期があったくらいです。

ただ、ここで間違っていたのは、「自分の個が消えてなくなるまでの、自己犠牲はやがて心身へと悪い影響を及ぼす。」ということを全く理解していませんでした。

文字にすれば、誰でも、わかるようなことですよね。「そんなのわかりきったこと。」と口では言えても、頑張りすぎちゃう人は案外多いんです。頭でわかっていても、実際に頑張りすぎないをできている人は少ないんです。私も、その一人でした。

そのため、まずは自分を知りたいという思いから、心理カウンセラーの資格取得に専念しました。

「他人の心をすべて理解することは難しいかもしれない。ただ、自分の心を深く理解することが、他人の心を分かろうとする、理解しようとすることにつながる。」

自分自身が、こころの病を経験し、そして、心理カウンセラーを学んだことで、そのことに気づけました。

この人生で立ち止まった経験こそが、自分への理解を深める出来事でした。

また、私がうつ病になったのと同時期に、離れて暮らす小学生中学年の娘から、「いじめられている。」と相談がありました。良い時も悪い時も重なることってあるんだなと身に沁みました。

一年近く、娘のいじめとも、うつ病とも、困難に向き合い続け、いじめの解消と、心の回復まで至る経験は一生忘れられない経験となり、恥ずかしながら、この歳になって、ようやく人間として成長できていると実感しています。

これらの経験を踏まえたカウンセリングによって、誰かの苦
しみを理解しようとし、少しでも、人生の一助になれればなと志しているところであります。


以上、大変長く長くなりましたが、

私がどのような人間かは少し知っていただけたかと思います。

noteにも雑感を書いていますので、よかったらご覧になってください。

これまでの経験を生かし、困難や苦しみを抱える方々に寄り添っていけたらと切に願っています。



5.Pono Ponoの由来

ハワイ語でPono(ポノ)は「すべてのことが本来あるべき正しい状態」「調和」「バランスの取れた状態」「平和」を意味します。自然や人間関係、心と体が完璧な調和を保ち、正直で思いやりに満ちた状態を表す、ハワイでとても大切にされている言葉です。 

この「Pono(ポノ)」を繰り返すことで、以下のようなポジティブな意味合いや文化的な背景が込められています。

ホ・オポノポノ(Ho'oponopono)というハワイの言葉があります。

古くからハワイに伝わる問題解決や心のクリーニングを行うための伝統的な手法です。ハワイ語で「ホ・オ(Ho'o)」は目標や作成、「ポノポノ(ponopono)」は修正を意味し、「誤りを正し、本来の状態や調和を取り戻す。」という意味になります。

心と体のバランスが整い、自然と調和することで本当の幸福が得られるという考え方が基盤になっています。 

この言葉は、心病んでた時に親友から教えてもらった言葉です。ポノポノという響きと、自分を見失いそうな時ほど、「ポノポノ」と口に出し、身体と心のバランスを整える方向へ意識を向けるようにしてきました。

大変、私自身が救われた言葉です。

感銘を受け、この言葉を看板に掲げることにしました。


6.さいごに

先ほど出てきた、「誤りを正す」という言葉が最適かは定かではありませんが、悩みや不安があり、心苦しんでいる人は、何かしら心のバランスを崩れていることが多いです。

悩みや不安を完全に取り除くことは難しい。生きていれば、何かしら不安はつきもの。それでも、誰かに不安や悩みを話せたとき、受け入れてもらえたとき、独りではないと思えたときに、気づきに出逢えることも多く、「また、自分を生きてみるか。」と思える瞬間も多いのではないかと思います。

誰かの人生を背負うとか、救うといった大それたことはできなくとも、誰かの人生の一瞬を照らすためのお手伝いはできるかもしれない。


そのような想いで、今日も生きています。







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よろずさん。|繊細無職の生存戦略 「チップは洋の文化、心付けは和の文化。どちらも深々と感謝します。特に心付けの場合は、感謝の傘を差し上げます。」

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