全部、金のため
「今日暑いねー」
買い物カゴから店員が物品を一つずつ取り出し、センサーにバーコードを通過させている。電子音が規則的に鳴り響いた。
「暑いですねぇ。合計で千二百三十九円ですー」
若い女の子の店員はおじさんに向けて笑顔を向けた。おじさんは財布からお金を取り出し、女の子に手渡しをした。キャッシュトレーがわざわざあるのに。
「一円のお返しです。ありがとうございました」
店員がおじさんの目を見て笑って、頭を下げた。
「ありがとうー。最近、何がよく売れてる?」
「えーっと、暑いので、冷やし中華とかは昼時によく売れますね」
「そうなんだ」
「はい」
俺は革靴を床に一定のリズムでぶつけて音を鳴らした。おじさんの背中が一瞬だけ上に跳ね、すぐに沈んだ気がした。
「明日もいる?」
「はい、いますよ。また来てください」
店員が頭を下げると、おじさんは手を振って去っていった。
「いらっしゃいませ。大変お待たせいたしました」
店員が俺に笑顔を向けた。
俺は買い物カゴを強めに置いた。店員の肩が一瞬跳ね、すぐに沈んだ気がした。
「合計で八百六十七円ですー」
俺は財布を取り出し、キャッシュトレーにお金を置いた。
「三円のお返しですー。ありがとうございました」
「ありがとう。さっきみたいなおじさん多いの?」
俺は財布にお金をしまいながら、店員に聞いた。
「えぇ、まぁ。多いですね」
店員は首をかしげながら、笑顔を俺に向けた。
「キモいよね、ああいう人」
店員は数秒間黙った後、下を向きながら言った。
「その感じ、さっきの人よりキモいんですけどね」
「え?」
「ありがとうございましたー!」
店員は笑って俺に頭を下げた。ボーッと立っていると、後ろから靴で床を一定のリズムで叩く音が聞こえてきた。
俺が急いでレジを後にすると、すぐに「暑いねー」という低い声が聞こえてきた。俺はそのまま店内を去り、帰り道を歩いた。
ああいう若い女の子の店員の笑顔の裏に何があるか、俺はわかっていたつもりだった。わかっているつもりになって気取った俺は、確かにキモい。
俺も仕事中は笑顔を作る。それが毎月決まった額の金に変換される。だから顔の筋肉を動かす。そんな笑顔は、コインを投入された自動販売機が、内部の重力に従って冷えた缶を一本、正確に排出口へ落とすのと同じだ。
俺はもう、二度とあのコンビニには行かない。
