【掌編小説】その笑顔、誰の?
「本当に面白いと思ってる?」
「え」
「その笑顔、誰の?」
「僕だけど」
学校の帰り道。歩行者信号が切り替わりを知らせる音を鳴らしている。僕は隣にいる彼の表情を確認してから、急いで横断歩道を渡った。
環境音のノイズが鼓膜を通り過ぎていく。その中で、誰かの笑い声の周波数だけがストレートに脳に届き、頭蓋の奥で何度も反響する。
「お前、俺といる時と他の人といる時で笑い方変わるよな」
「そう?」
僕は笑って見せた。
「俺の時だけだ。そんな作り物っぽい笑顔は」
「ハハハ。そんなことないよ!」
僕の口角は、歩行者信号が点滅すれば自動で鳴り出すあの電子音と同じシステムで、正確に上を向いていた。
「この前、教室でお前が一人でブツブツと何かを言ってるとこ見たんだよな」
「誰にでもそういう時あるでしょ」
「あんな怖い顔してたのに、他のやつに声かけられた瞬間笑ってた」
「......」
「今俺の隣にいるお前は誰だ?」
「僕だよ」
「まあいいや。俺、今日寄り道していくから、じゃあな」
「あぁ」
僕は彼が見えなくなるのを確認してから、街路樹を蹴った。何度衝撃を与えても、木はびくともしない。葉っぱだけが数枚落ちた。
僕は両手で幹を掴み、強く揺らした。それでも落ちてくるのは葉っぱだけだった。
僕は両手を街路樹から離し、大きく身体を揺らした。脳みそが揺れて、視界が段々ぼやけてくる。動きを止めて真っ直ぐ立とうとしたら、こけてしまった。
これで、僕は僕になった。いらない何かを振るい落として、もう一度立ち上がった。
「ハハハ」
僕は笑った。
スマホを取り出し、インカメを起動して自分の顔を確認して、何度も何度も笑った。
目が細くなる感覚も、頬の筋肉の感覚も、口角が上がる感覚も、全部さっき彼の前で笑った時と同じだった。
僕はもう一度両手を街路樹につけて揺らしてから、自分の身体を大きく揺らした。真顔で、笑うこともなく。
もう一度こけてから、僕はスマホのインカメを起動した。
今、僕の目に映っている人間は、一体誰なのだろう。どこからか聞こえてくるノイズに合わせて、僕の口からも決まった音量で笑い声が漏れ続けた。
