【エッセイ】2025年も結局、自分を許せなかった。
去年も今年も、自分をそろそろ許そうと思っていた。でも、結局許せないまま終わろうとしている。許そうと思い続けるたびに、許してはいけないみたいな強迫観念が襲ってくる。
自分を許すって、多分こういうことだと思う。今日はもう何もしなくていいと、夜の時点でパソコンを閉じること。罪悪感を抱えたままでも、布団に入っていいと認めること。「あれは無駄じゃなかった」と、誰にも聞かれずに心の中で言うこと。
「もうそろそろいいかな」という考えがチラつくと、僕の脳内は反射的に「まだだ」と返してくる。思えば、今年は一年中自分に優しくできなかったし、何もしない一日みたいな休息もとった記憶がない。常に何かしらしていた。体調を崩すことはなかったから、身体的には大丈夫だったけど、精神的には辛い日が多かった。
そこまでして僕は何のために行動しているのかよくわからない。何の保証があるわけでもないし、何かになれるわけでもない。でも、何かをしていると妙に安心して、脳が静かになる。これを続けていると、いつかまた壊れる。そうわかっていても、歩を止めることは難しい。止めたら止めたで壊れた気がするから。
「休もう」と思って一時間ほどボーッとする。机の上に置いたままのコーヒーが、気づいたら冷めていた。すぐに「何かをやらなきゃ」と思ってパソコンに向かう。他人の成功を見て、「俺もすぐそこに行く」と気持ちが焦る。一日中頑張ったはずなのに、「まだ足りない」とどこか欠乏感がある。
こういう自分を、僕は別に嫌いじゃない。ただ、許して少しだけ甘やかすことができなかっただけだ。むしろ、「まだまだ」とか「まだ足りない」と思える自分は好きだ。
ただ、このままでは長く走れないのはわかっている。そのために、「自分を許す」という行為が必須だと思っている。
今年は自分を許せなかったけど、逃げなかった一年ではあった。それだけは、事実として残しておこうと思う。
