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水たまりの、向こうに広がる子どもとの思い出の国

「また水たまり…」そのときの私は、ため息しか出なかった。
でもその先に広がっていたのは、“あの日の魔法”だった。

雨上がりの公園で、飛び込んだ水たまりの向こうに広がっていたのは、忘れかけていた“あの日々”。
子どもと過ごした記憶が、ふわりとよみがえる3分間の短編です。


雨上がりの午後だった。

公園の砂場は濡れていて、ブランコの座面には小さな水が溜まっていた。


「もう今日は帰ろう?」

わたしが声をかけたそのとき、あの子は——また、水たまりに飛び込んだ。


「ばしゃっ!」

水しぶきと一緒に、くしゃくしゃの笑顔。

ズボンも靴も濡れて、洗濯物はまた1枚増える。


「もう…」と口では言いつつ、止めることはできなかった。

あの子の笑顔の前では、どんな小さなイライラも、水に溶けてしまう気がしたから。


でも、その日だけは少し違った。


次の瞬間。

飛び込んだあの子が、すぐに立ち上がってこなかったのだ——。


静かすぎた。

音がしない。波紋すら、立っていない。


心臓がひとつ強く鳴った。

わたしはしゃがみ込み、そっと水たまりを覗き込む。


——そこに、広がっていたのは空だった。


雲ひとつない青空。

草原。鳥の声。

そして、あの子がこちらを振り返って、笑っていた。


「ママ、こっちだよ!」


その声に導かれるように、水面がやわらかく波打った。

ふと気づけば、わたしの足元も濡れている。いや、違う。もうそこは、水の上ではなかった。


草の匂いがして、風がやさしく頬を撫でた。


——わたしは、水たまりの向こうに来てしまったのだ。


「ここ、どこなの?」


「ぼくの国!」


あの子が胸を張って言った。その笑顔は、いつものあどけなさのまま——のはずだった。

けれど、どこか違った。


目の奥に、ふとした“知っている人のまなざし”が宿っていた。


見渡せば、そこには不思議なものがたくさんあった。


おむつ替えの台が、星を動かす大きな歯車になっている。

抱っこの時間は、空を飛ぶための魔法の儀式。

寝かしつけの子守唄は、森全体を守る呪文として響いていた。


どれも、かつての日常だった。

わたしが繰り返してきた育児の風景が、この世界ではすべて“魔法”として息づいていた。


この世界は、あの子の心の中なのか。

それとも、わたし自身の心が生み出したものなのか。


——もしかすると、あの頃、わたしたちはたしかに、魔法の国に生きていたのかもしれない。


「もう帰る時間だよ」


あの子がそう言ったとき、夕焼けが草原を金色に染めていた。


「また来られるの?」


「うん。ママがあの頃の気持ちを思い出せば、いつでも」


——少し間をあけて、あの子はにっこり笑った。


「また会えるよ、ママ。」


ふわりと光が舞って、わたしの足元がまた濡れた感触になった。


気づくと、わたしは公園に立っていた。

水たまりはただそこにあるだけ。

でも、確かに世界は少し違って見えた。


すぐそばには、あの子が立っていた。

ズボンも靴も濡れたまま。小さな手に泥をつけて、空をぼんやり見ている。


「どうしたの?」と声をかけると、あの子はくるりとふり返って言った。


「ママ、さっきの国……きれいだったね」


「え?」と聞き返すと、あの子はにこっと笑って、わたしの手をぎゅっと握った。


その笑顔はいつものようで、でも、やっぱり少しだけ違って見えた。


わたしは黙ってその手を握り返した。


やわらかくて、あたたかくて、どうしてだろう、ただ無性に泣きたくなった。

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