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「すごいね」よりも「ありがとう!」

教室で、子供に指導していると、つい口から出る言葉があります。

「すごい!」
「素晴らしい!!」
「偉いなあ!」

どれも悪い言葉ではありません。むしろ教師として自然な言葉です。

けれど、ある時、ふと思いました。
ー子供は、本当にそれを求めているのかなぁ。

①子供は「褒められる」とどう感じているのか?

褒められた時、子供は嬉しそうな顔をする。
何を思っているのかを考える。

「嬉しいなあ!」
「でも、またでなきゃいけないのかな。」
「次も同じにやらなきゃ。」
「これが正解なのか。」

私は褒めるという行為は、「評価」と考えています。
できた・できない
良い・悪い

子供は知らず知らずのうちに、
どうしたら褒められるかを考えるようになります。

すると、挑戦よりも「正解さがし」が始まります。
もちろん「褒めること」自体が全て悪いと思っていません。
ただ、中学生になる高学年の子達を見ていると、
実は、「すごいね」よりも
「分かってもらえた」を求めているのかもしれない。と考えたからです。

②「労い」とは何か
労いは、評価ではない。
労いは、結果を見る言葉ではなく、
過程を見る言葉だ。

「最後までやり切ったね。」
「きつかったね」
「ありがとう!嬉しいな。」

そこには上下関係がなく、点数もありません。
あるのは、共感だ。

労いは「できたこと」を認めるのではなく、
「向き合ったこと」を認める。

だから労われた子供は、次もやろうとします。
褒められたからではなく、自分の努力をちゃんと見てもらえたからです。

③「褒める」くらい「労い」を伝えよう!
私は、褒めることをやめよう等は思っていません。
ただ思います。
褒める回数と同じくらい、労う回数があってもいいのではないかと。

「すごいね!」の後に、「大変だったよね。」を促す。
「よくできたね」も良いけど、「難しくても、よく向き合ったね!」と言う。

褒められて育つ子もいます。
でも労われて育つ子は、自分で立てる子に育つのではないかと思います。

教室から「評価」と同じくらい「理解」を増やしたいと考えています。

明日も「しんどかったね。ありがとう。」と言える教師でいたいです。

読んでいただき、ありがとうございます。

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