『遠野物語』をAIに現代語訳させてみた④
第十八話
ザシキワラシは、女の子であることもある。
同じ山口村の旧家である山口孫左衛門という家には、二人の女の子の神様がいらっしゃると長く言い伝えられてきた。
ある年のこと、同じ村の何某という男が町から帰る途中、留場の橋のたもとで、見慣れない二人の美しい娘に出会った。二人は何やら物思いにふけっている様子で、こちらへ歩いてくる。
「お前たちはどこから来たんだ」と問うと、「私たちは山口の孫左衛門のところから来ました」と答える。
「これからどこへ行くんだ」と聞けば、「あちらの村の、何某という家に行きます」と答えた。その「何某の家」というのは、少し離れた村にある、今も立派に暮らしている豪農の家であった。
男は「さては、孫左衛門の家もいよいよ終わりだな」と思った。
それから間もなくして、孫左衛門の家では、主人や使用人ら二十数人がキノコの毒にあたって、たった一日のうちに死に絶えてしまった。
わずかに七歳の女の子一人が生き残ったが、その娘も年老いて子供がないまま、少し前に病で亡くなった。
感想
この男にはザシキワラシが見えるみたいですね。これ、ザシキワラシについていけば将来の長者と仲良くなれるんじゃないですか?
ザシキワラシが入ったのを見計らってその豪農の家の主に貸しを作っておくわけですよ。そしたら後々「あのとき助けていただいたものです」っていってお礼を返しに来るって寸法です。
ちょっと気になったのですが、ザシキワラシはどういう基準で次に寄生する家を選んでいるんですかね?
元々儲かっている家を狙ってザシキワラシが住み着いているのか。
ザシキワラシが住み着いたから貧乏人に富が舞い降りてくるのか。
なんか卵が先が鶏が先かみたいな話になってきましたね。まぁ、どちらにせよザシキワラシが住み着いた時点で宝くじが当たるのは決定しているので、媚を売っておくに越したことはなさそうですね。
山口孫左衛門という家は残念でしたね。ザシキワラシの二人組は富を生んでくれる超売れっ子タレントだったのに、突然「独立する!」なんていい出して。
おかげで事務所の利益が大幅に減っちゃってね。大幅なリストラとコスト削減と余儀なくされ、食費を削るために採取したキノコの毒で死に絶える。
……なんでキノコ?
第十九話
孫左衛門の家でのこと。
ある日、梨の木のまわりに見慣れないキノコがたくさん生えているのを、使用人の男たちが「食べるべきか、食べるまいか」と相談していた。(毒を恐れて全滅を免れた)最後の一代となった当時の孫左衛門が、「食べないほうがいい」と制止したのだが、下男の一人がこう言った。
「どんなキノコであっても、水桶の中に入れて苧殻(麻の茎)でよくかき回してから食べれば、決して毒にあたることはありません」
一同はこの言葉に従ってしまい、家族や使用人全員でそのキノコを食べてしまった。
わずか七歳の女の子だけが助かったのは、その日、外で遊ぶのに夢中になってしまい、昼飯を食べに帰るのを忘れていたからであった。
主人の不意の死に家の中が動転している間に、遠近の親類たちがやってきて、「生前に貸しがあった」「約束があった」などと言い立て、家の財産を味噌の類に至るまで持ち去ってしまった。
そのため、この村を開拓したほどの長者であった家も、たった一朝のうちに跡形もなく消えてしまったのである。
感想
さすが孫左衛門。食べないほうがいいと止めようとしていたとは。
そもそも見慣れないキノコを食おうとするな。ただでさえキノコって知識のある人じゃないと毒キノコと見分けつかないだから。下男も大丈夫だって言うなら、まずは一人で毒味してくださいよ。全員を巻き込むな、アホ。
七歳の女の子が家に帰った時、どんな惨状だったのか想像したら中々ショッキングだよ。家族と使用人全員が泡吹いて倒れてるんですから。PTSD(心的外傷後ストレス障害)になるわ!
それに遠近の親類たちも「貸しがあった」だの、「約束があった」だの、よってたかって七歳の女の子一人に何してんの!
「お願いします! 味噌だけは! 味噌だけは勘弁してください!」
「うるせぇ‼ お前の親には貸しがあったんだよ‼ 離しやがれ!」
「痛い!」
泣いて懇願する七歳の女の子から味噌の類までひっぺがす大人たち。そら人間不信にもなりますわ。前の話で年老いて子供がないまま、少し前に病で亡くなったっていうのもしょうがない気がする。
第二十話
この凄惨な不幸(一家全滅)が起きる前には、いくつもの不吉な前兆があった。
使用人の男たちが、刈って貯蔵しておいた秣(馬の餌)を取り出そうとして、三本爪の鍬でかき回していたところ、大きな蛇を見つけ出した。主人が「殺してはいけない」と制止したのも聞かず、男たちはそれを打ち殺してしまった。
すると、その死体の下から、秣の奥にいた数えきれないほどの蛇がうごめき出てきた。男たちは面白半分に、それらをことごとく殺してしまった。
あまりの数で捨て場所にも困り、屋敷の外に穴を掘ってそれらを埋め、「蛇塚」を作った。その蛇の量は、簣(竹で編んだ籠)で何杯分あったか分からないほどだったという。
感想
なんでみんな主人の言うこと聞かねぇんだよ! 下男といい、使用人の男といい‼ 「殺してはいけない」って家の主が言ってんだろうが‼
生類を憐れめよ‼ 多分それ白い蛇だったよ! だから主人は殺すなって言ったんだよ!
※白蛇は古来より「神の使い(特に弁財天)」や「繁栄の象徴」として崇められ、金運アップ、商売繁盛、健康長寿など強い幸運をもたらす縁起物です。白蛇の夢や白蛇を見かけることは大吉兆とされ、抜け殻も財布に入れておくと金運を招く力があると言われています。
まったく呆れてものも言えねぇぜ‼
これだから学のない使用人は‼
第二一話
先に述べた(没落した家の主)孫左衛門は、村には珍しいほどの学者で、いつも京都から和漢の書物を取り寄せては読み耽っていた。少し変わり者といえる人物であった。
彼は「狐と親しくなり、家を富ませる術を得よう」と思い立ち、まず庭の中に稲荷の祠を建てた。自ら京都へ上って、正一位という最高の神階を(伏見稲荷などから)授かって帰り、それからは毎日一枚の油揚げを欠かすことなく、自らの手で社の前に供えて拝んでいた。
すると、次第に狐が懐いて、近づいても逃げなくなった。手を伸ばしてその首を撫でたり、押さえたりすることさえできたという。
村にいた薬師堂の堂守(お堂を管理する人)は、「わしの仏様は何もお供えしなくても、孫左衛門の神様よりは御利益があるぞ」と、たびたび笑い話にしていたそうだ。
感想
待てええええええええええええええい‼
狐は触ったらダメだああああああああああああああああ‼
エキノコックス(寄生虫)に感染するうううううううううう‼
エキノコックス症(特に多包条虫)は、適切に治療しなければ致死率が90%以上に達する深刻な寄生虫感染症です。感染から発症まで10〜20年の長い潜伏期間があり、進行すると肝不全や多臓器転移を引き起こすため、早期発見と外科的な病巣摘出が根治に必須となります。
第二二話
佐々木氏(鏡石)の曾祖母が、高齢で亡くなった時のことだ。遺体を棺に納め、親族が集まってその夜は皆で座敷に寝ていた。死んだ老女の娘で、精神を病んだために離縁されて戻っていた婦人も、その中にいた。
この地方の風習では、喪の間は火を絶やすことを嫌う。そのため、祖母と母の二人だけは大きな囲炉裏の両側に座っていた。
母は傍らに炭籠を置き、時々炭を継ぎ足していたのだが、ふと裏口の方から足音がしてくるので見てみると、なんと亡くなったはずのあの老女であった。
生前、腰が曲がっていた彼女は、着物の裾が地面に引きずるのを嫌い、裾を三角に折り上げて前の方に縫い付けていたのだが、今現れた姿もまさにその通りで、着物の縞模様も見覚えのあるものだった。
「あっ」と思う間もなく、老女は二人の女が座っている囲炉裏の脇を通り過ぎようとして、その裾が炭籠に触れた。丸い炭籠だったので、それはクルクルと回った。
母は気丈な人だったので、振り返ってその後ろ姿を見送った。
老女が親族たちの寝ている座敷の方へ近づいていく……と思ったその瞬間、あの精神を病んだ娘がけたたましい声で、「おばあさんが来た!」 と叫んだ。他の人々はその声で目を覚まし、ただただ驚くばかりだったという。
○ メーテルリンクの戯曲『侵入者』を思い起こさせる。
感想
久々の佐々木くん! 國男くんにいっぱいお話してくれた佐々木くん!
たぶん精神を病んだ婦人が余計におかしくなったと思われてる。実は老女が仮死状態で棺の中から目を冷ましたとかだったら大変ですね。
「ば、ババア⁉ 死んだんじゃなかったのか⁉」
「死んでへんわ‼」
「いや、大人しく死んどけって!」
「生きるッッッ‼」
第二三話
同じ人(曾祖母)の二七日(死後十四日目)の命日の前夜、知人たちが集まり、夜更けまで念仏を唱えて帰ろうとした時のことだ。
ふと見ると、家の門口にある石に腰掛け、向こう側を向いて座っている一人の老女がいた。その背格好や後ろ姿は、まさに亡くなったあの曾祖母そのものであった。
これはその場にいた多くの人々が目撃したことなので、誰も見間違いなどとは疑わなかった。
亡くなった彼女に、一体どのようなこの世への執着(未練)があったのか、ついに知る者は誰もいなかったのである。
感想
自分が死んだことを理解していなかった曾祖母の悲しき背中。結構ショックだったんでしょうね。いつも通り目を覚まして朝の挨拶しようと思ったら喪服姿のみんなに驚かれる。
まだ死んだことを信じられずに曾祖母がポツリとつぶやく。
「うせやん……」
第二四話
村々の旧家のことを「大同」と呼ぶのは、それらの家が「大同元年(806年)」に甲斐の国(現在の山梨県)から移り住んできた家だから、そう呼ぶのだという。
大同年間といえば、坂上田村麻呂将軍による東征(エミシ征討)の時代である。一方で、甲斐の国は(後に遠野を治めることになる)南部家の本拠地でもある。
この「大同」という呼び名は、これら二つの時代の伝承が混ざり合って生まれたものではないだろうか。
○ 「ダイドウ」は「大洞」のことかもしれない。「洞」とは東北地方で「一族」や「家門」を意味する言葉である。『常陸国志』にもその例がある。また「洞前」という言葉も、後の話(六十九話)に登場する。
感想
急に歴史の授業が始まったのかと思った。
第二五話
これら「大同」の家々の祖先たちが、初めてこの遠野の地に到着したのは、ちょうど一年の終わりの押し迫った時期のことであった。
新年を迎える準備を急いだが、門松を片方だけ立てたところで、もう片方を立てる前にもう元日の朝になってしまった。
その出来事を記念して、今でもこれらの家々では、縁起の良い慣習(吉例)として、門松の片方を地面に伏せたままにして、そこに標縄を引き渡して飾るのだという。
感想
えっと、新年に門松の準備してる途中でハッピーニューイヤーしちゃったわけですね。
そんな記念にするほどのことですかね。ただ準備が遅れただけだと思うんですが……。
第二六話
柏崎の「田圃の家」と呼ばれる阿部家は、格別に名の知れた旧家である。
この家の先代には、彫刻に優れた才能を持つ人がいた。遠野郷一帯にある神像や仏像には、この人が作り上げたものが数多く残されている。
感想
急な芸術家の紹介。彼がオクナイサマとかの像も作ったんですかね。
第二七話
早池峰山を源流とし、東北の方角にある宮古の海へと流れ込む川を閉伊川という。その流域が下閉伊郡である。
遠野の町にある「池の端」という家の先代の主人が、宮古へ行った帰り道のこと。この川の原台の淵という辺りを通りかかると、一人の若い女が現れ、一通の手紙を託してきた。
「遠野の町の裏にある物見山の中腹の沼へ行き、手を叩いて呼んでください。宛名の主が出てきますから」
主人は承諾したものの、道中ずっと気になって悩みながら歩いていると、一人の六部(巡礼僧)に出会った。事情を話して手紙を見せると、六部はそれを開いて読み、こう言った。
「これを持って行けば、あなたの身に大きな災いが降りかかるだろう。書き換えてあげよう」
そう言って、六部は別の手紙を書いて渡してくれた。
主人がその手紙を持って沼へ行き、教えられた通りに手を叩くと、果たして若い女が現れて手紙を受け取った。女はお礼だと言って、ごく小さな石臼をくれた。
その石臼に米を一粒入れて回すと、下から黄金が出てくるのだ。この宝物の力で家はだんだんと裕福になったが、主人の妻が欲を出し、一度にたくさんの米をつかみ入れてしまった。
すると石臼は激しくひとりでに回り出し、ついには、主人が毎朝石臼に供えていた水が溜まっている小さな窪みの中へ、滑り落ちて消えてしまった。
その水溜まりは後に小さな池になり、今も家の傍らに残っている。その家の屋号を「池の端」と呼ぶのも、そのためだと言われている。
○ この話に似た物語は西洋にもある。偶然の一致であろうか。
感想
どういうこと?
何度か読み返したんですが意味がわかりませんでした。
まず手紙を通りがかりの人に預けないでください。彼は郵便局員ではありません。それに途中で巡礼僧に手紙の内容を書き直されてましたけど、本来の手紙に何が書いてあったんですかね。
謎の女からお礼に砂金でる石臼もらってるところから、最初の手紙だったら悪いものが出る石臼だったんでしょうか。
主人の妻はチマチマ米粒いれるより、タイパを考えたんだと思います。欲を出したというより、効率を考えただけじゃないですか?
保育園のときにもらってた肝油ドロップ、一日一個って言われてたのに二個以上は食べてました。味が好きだったから。
たぶんそういう教訓的なことを言いたいんでしょうね。入れる米粒はひと粒まで!
第二八話
初めて早池峰山に山道を作ったのは、附馬牛村の何某という猟師で、時期は遠野へ南部家が入部した後のことである。それまでは、土地の者で一人としてこの山に入った者はいなかったという。
この猟師が道の半分ほどを切り開き、山の中腹に仮小屋を作って泊まっていた時のこと。ある日、囲炉裏で餅を並べて焼きながら食べていると、小屋の外を通る者がいて、しきりに中を覗き込んでいる様子だった。よく見ると、それは大入道であった。
やがて坊主は小屋の中に入ってきて、珍しそうに餅が焼けるのを見ていたが、ついに堪えきれなくなって手を伸ばし、餅を取って食べた。猟師も恐ろしかったので、自分からも餅を取って与えたところ、坊主は嬉しそうに次々と食べた。そして餅がなくなると帰っていった。
次の日もまた来るだろうと思った猟師は、餅によく似た白い石を二、三個、餅に混ぜて囲炉裏に載せておいた。石は焼けて火のように熱くなった。
案の定、あの坊主が今日もやってきて、昨日と同じように餅を取って食べた。そして餅が尽きた後、例の白い石も同じように口に放り込んだ。坊主はあまりの熱さに驚愕して小屋を飛び出し、姿を消した。
後に、谷底でこの坊主が死んでいるのが見つかったということだ。
○ 北上川の歴史的な大洪水に「白髪水」というものがある。それは白髪の老婆を欺いて、餅に似た焼石を食べさせた祟りだと言われている。この話はそれによく似ている。
感想
唐突なイジワル! まぁ、自分のために持ってきた食料を勝手に食べられたら、そりゃ気分悪いですよね。自分で用意しろよと。
大入道も魚や山菜くらい採って持っていけばよかったのに、タダ餅食おうとするから。
高温の白い石を飲み込んで口と喉が焼かれたんでしょうかね。触った瞬間に餅じゃないって気づかないもんでしょうか? 指の皮が分厚かったんですね。
ただ餅だったとしても次々と大量に食べて餅を喉に詰まらせて死ぬ可能性もありますけどね。
第二九話
鶏頭山は、早池峰山の前面にそびえ立つ険しい峰である。麓の里では「前薬師」とも呼ばれている。天狗が住んでいると言い伝えられており、早池峰山に登る者でも、決してこの山へは足を踏み入れない。
山口村の「ハネト」という屋号の家の主人は、佐々木氏(鏡石)の祖父と幼馴染であった。この男は非常に向こう見ずな性格で、鉞で草を刈ったり、鎌で土を掘ったりするなど、若い頃は乱暴な振る舞いばかりしている男だった。
ある時、男は人と賭けをして、たった一人で前薬師に登った。
無事に帰ってきた彼の話によると、頂上には大きな岩があり、その上に大男が三人座っていた。男たちの前には、たくさんの金銀が広げられていたという。
大男たちは男が近づくのを見て、顔色を変えて振り返った。その眼の光は、この世のものとは思えないほど恐ろしかった。
「早池峰山に登ったのだが、道に迷ってここに来てしまった」
男がそう嘘をつくと、大男たちは「それなら送ってやろう」と言って先に立って歩き出した。麓の近くまで来ると、「目を閉じろ」と言われた。しばらくその場で目を閉じ、再び開けた時には、もう異人たちの姿はどこにもなかったということだ。
感想
何を賭けたんでしょうか? 天狗と友達になって財宝もらってくるとか言ったんですかね?
大男たちの前には金銀が広げられていたようですが、コレクションの自慢でもしてたんでしょうか?
麓まで送ってくれたのは親切ですけど「目を閉じろ」って言われたら完全に殺されるパターンだと思うんですけどね。目撃者は生かしておくわけにはいかないって。
そもそも山の中に住んでるのに金銀財宝って必要なんですかね?
金銀より食料とか家とかの方が重要なんじゃないですかね?
まさか男と賭けをした他の連中が変装して驚かせようとした可能性もありますかね。
第三十話
小国村の何某という男が、ある日、早池峰山へ竹を伐りに行った。
地竹がびっしりと生い茂っている中に、一人の大男が寝ているのを見つけた。男は、地竹で編んだ三尺(約90センチ)ほどもある巨大な草履を脱ぎ捨て、仰向けになって大きな鼾をかいて寝ていたという。
○ 下閉伊郡小国村大字小国。
○ 地竹とは、深い山に生える背の低い竹のことである。
感想
お昼寝の邪魔をしないでください。そっとしておいてあげて。
はい、いかがでしたでしょうか。
他の話もAI翻訳させてみようと思っていますので、良ければ続きもお楽しみに。
