「note疲れ」について考えてみたぞよ
週末ネタ(土日は見る人が少ない前提(仮説))。
投稿に疲れちゃったよ、という話ではないけどね😓
見るのに疲れたという話でもなくて。
自己分析と、「こんな人はいませんか?」という感じの投げかけ。
強調したいですが、noteについてディスる意図は全くありません。
内容や方針に関わらず、すべてのクリエイター、すべての投稿には敬意を払うべし、と考える派です。
「読み手」として、「書き手」として、の両方から「note疲れ」を考察してみるのだ。
疲れないように付き合っていこうね、という主旨であります。
読み手として
私の方向性とあんまり合わないことは、わりとスルーするかな、と思っています。
「稼ぐ」系
・記事を有料化せよ
・こうすれば売れる
「多く読まれるほど偉い」系
・あなたの記事が読まれないのは○○だから
・読者目線で書かないといけない
「数値報告」系
・フォロワー○千人突破しました
・売上○円達成
等々
noteの運営会社が、クリエイターの収益の一部を利益として得ていて、それがサービスの継続に結びついているのだから、
「noteで稼ぐ=善」
である、という考え方は理解できます。
たぶん、自分がマイペース派であり、note=「稼ぐ場・副業」という意識があまりないから、個人的に、強めの「欲望」「邪気」「承認欲求」から、少し距離を置きたいだけなのだと思います。
書き手として
書き手として疲れを感じる時は、書きたいことが同時に複数あった時、記事を投稿した直後から、次回の記事を書き始めてしまう、という、極めて個人的な理由によります😅
空いた時間をnoteの執筆に充ててしまう、ってこと。
手もとに、読んでいない本が何冊もあるのに読めていない。
見たい映画やアニメがあるのに、それを見ていたらあっという間に時間が過ぎてしまい、noteが書けない。
そういうジレンマがある時に、ふと頭に浮かぶのが「note疲れ」なのだ。
もちろん、いやいや書いているわけではないし、義務感に追い立てられているわけでもない。
純粋に、わりと日常的なルーチンとしてnoteを投稿しています。
スキが付くと嬉しいし、コメントも嬉しい。
フォトギャラリーの画像が使ってもらえたら、その記事を見に行きます。
まったりとした楽しみ方をしているつもりではいますが、「あれができていない」「うわ、もうこんな時間」みたいなことがあると、もしかしたらnoteに支配されているのでは?と思うこともあります。
毎日投稿は継続したい。
常にnoteのインプット&アウトプットを考えてる。
いいことなのかどうなのか。
サクッと30分くらいで1記事をアップして、あとはnoteのことは考えず、その日は別のやりたいことをやればいいだけの話なのですが。
そういうことです。
