<振り向けば、短歌>君がいた夏~かぎしっぽ
短歌人2024年3月号より
タンクローは地域猫にて老いたれば教会庭に昼は寝てをり
タンクローは体躯すぐれて若きころ歩く姿に威風ありにき
夜闇に紛れてふいに黒猫は来てをりかぎのしっぽを立てて
暮るるころ腹すきたれば窓際にタンクロー来てしばし動かず
猫の「かぎしっぽ」(尻尾の先が曲がっているもの)は幸運をもたらすと言われる。そんな「かぎしっぽ」をもった猫タンクローは、もともと教会にいた猫たちを追い散らして教会に居座ったボス猫だった。
体がでかく、態度もでかく、愛想が悪かった。
子猫の頃から、地域猫として世話してくれていた「おじさん」にだけは、なついて甘えていた。もともと近所の公園にいたのだが、上記のように、いつのまにか教会のボス猫になった。「おじさん」は日曜日に、いつもタンクローの好きなごはんをもって教会の庭を訪問して、数時間、タンクローと遊んで帰って行かれた。(「おじさん」はもともと教会近隣に住んでおられたが、事情があって、今は奈良住まい。でもタンクローのことが気になり、毎週、奈良から出てこられていた)
教会には中庭があり、もともと猫たちが居ついていた。町内の街猫プロジェクトに参画して、TNRを行っていた関係上、去勢されている地域猫には餌や水を提供していた。タンクローも「おじさん」が来ない平日は、教会に置かれた地域猫用の餌を食べていた。ご飯を食べると、さっさといなくなって感謝する風情はいっさいなかった。
「おじさん」によると、タンクローは幼い頃、目の前で兄を人間に蹴り殺されたそうだ。それゆえ、タンクローの人間への不信感は強く、小さなころからかわいがってくれた「おじさん」以外に心を開くことはなかった。
そんなタンクローに変化が現れたのは二年ほど前。
私がそばにいても逃げなくなった。
私が思い切って、撫でてみると、おとなしく撫でられていた。
さらに、中庭に面した1階の事務室の部屋の窓を開けていると、入ってくるようになった。
やがて、私はタンクローを抱っこもできるようになった。
事務室でパソコンに向かっていると、机に飛び乗って、横にいたりした。
そのころ、すでにタンクローはかなり痩せていた。
「おじさん」といっしょに病院に連れて行った。そうしたら腎臓の数値がかなり悪いことが分かった。「おじさん」はお金がかかっても、治療をしたいと願っておられたが、タンクローは病院を拒否した。「おじさん」がやってくると、病院に連れて行かれると思って、教会敷地外へ逃走するようになった。獣医は「長年、外猫として生きて来た猫が治療を拒否するならば、その意志を尊重した方が良い」と言われた。
無理に病院に連れて行くことを断念したら、タンクローは教会の中に戻ってきた。また以前と同様、平日は時々事務室の中に入って来て、日曜は「おじさん」と遊んだ。しかし、タンクローが衰弱していることは誰の目にも明らかだった。衰弱と比例をして、タンクローはどんどんと人懐こくなった。だれにでも愛想を振りまき、すり寄って行った。
今年の年明け、あまりにも状態が良くないので、私は牧師館でタンクローを保護することにした。寒さの中、衰弱が加速しないようにと思ったのだ。「おじさん」と一緒に病院にも連れて行った。もうタンクローには病院を拒否する力も残っていなかった。
春までもってくれたら、という願いはかなえられなかった。牧師館で保護して1週間後には息を引き取った。途中、入院をさせたので牧師館にいたのは実質5日間だけだった。牧師館に保護して環境を変えたことが死期を早めたのかもしれないと悔やんだ。死因は猫エイズだった。獣医は言った。「猫は死ぬ時を自分で決めますから」と。
酷暑の庭。今年は君がいない。
最後まで自由を選び、自分で天に上って行った。
教会の庭に、火葬車を呼び、お別れをした。讃美歌を歌い祈った。「おじさん」や地域猫の世話をしていた人、そして教会の人々がきて、思いのほか、多くの人々にタンクローは送られた。かぎしっぽのタンクローは、多くの人に幸いを与えたのだ。
短歌人2025年4月号より
タンクローの死にたる朝に届きたる猫用トイレの箱をながむる
黒猫の黒に似合ふと山茶花の桃色の花をかたはらに添ふ
三段のケージ建てしは先週のことにて猫のをらざりし朝
家猫になることつひにあらずして十一年生き去りてゆきたり
牧師館にをりしは五日のみにしていくたびか強く鳴きてをりにし
死ぬ時を猫は自分で選ぶとぞ獣医師言びき けふのこのとき
中庭の梅の木枝をいま揺らし天より降るはしごへ跳びつ
