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夢を持つことは人間に許された「最高の尊厳」である

【『生きづらい人のための処方箋』という本を出版致しました!】

苦しみがあっても「明日がある」という思いに支えられる事は多い

 未来に希望を抱き、将来の夢を思い描く事は、人間が「今」を生きる為に必要不可欠な事です。
 苦しみがあっても「明日がある」という思いに支えられる事は多いです。 
 これは、人生の最終段階にいる人々にも当てはまる事です。

「将来の夢を持つ」事は人間に許された最高の尊厳

 どのような絶望的な状況でも「将来の夢を持つ」事は人間に許された最高の尊厳だと言えます。

ASDの息子を遺していくことが心配で仕方がない

 ASDの息子を持つお母様がいました。
 彼女はASDの息子を遺していくことが心配で仕方がないというのです。
 しかも彼女はシングルマザーで、よりご子息が心配です。
  障害年金や遺族年金等福祉の支えはあれども、1人が満足に生活する上で不十分です。
 また、ご子息は病気のせいで簡単な作業で作業所にしか通えず、少ない賃金で生きるしかありません。

FP(ファイナンシャルプランナー)になり、息子さんの為により多くのお金を遺せるように頑張った

 従い、お母様はFP(ファイナンシャルプランナー)になり、息子さんの為により多くのお金を遺せるように頑張りました。
 そこで私は彼にとって母親がどのような存在だったのかを尋ねてみました。
 するとこんな返事が返ってきました。
 「いつも自分のことを一番に考えてくれていた。今でも私を見守ってくれるような気がする」。
 では彼の母親はどんな言葉をかけてくれるのか。
 彼は「『いつまでくよくよして、下ばかり向いているの!』と怒られるかもしれない」と言います。
 そんな彼に私はこう伝えました。
 「貴方にもいつでも息子さんのそばで優しい言葉をかけたり、時に叱ったり出来るのではないか」。

肉体がこの世を去った後も、自分は息子の近くに居続けられる

 この会話を通してその方は「肉体がこの世を去った後も、自分は息子の近くに居続けられる」と気づきます。
 そして、死を恐れる気持ちが和らいだそうです。

死は人生の通過点に過ぎない

 私は「死は人生の通過点に過ぎない」という考えの持ち主です。
 勿論、これとは違う死生観を持つ人もいるでしょう。

肉体がこの世を去っても、その人の存在は残された人々の心の中で生き続ける

 しかし、どのような死生観を持っていても、「肉体がこの世を去っても、その人の存在は残された人々の心の中で生き続ける」という事実は変わらないのです。

おわりに 今日が人生最期の日だったら、貴方はどう生きたいか?

 読後に、もう一度「今日が人生最期の日だったら、貴方はどう生きたいか?」と、自問してみて頂きたいです。
 私は簡単に答えは出ないものの、以前よりも自分事として受け止められるようになったように思います。
 本書は、時間をかけて「本当に自分にとって大切なもの」を見つける上で、心の拠り処になってくれるでしょう。