悩みの管理とは
悩んでもしゃーないことは悩まない
悩み方を変えようと思ったんですね。急にどうした、と思われるかもしれないけど別になんかあったわけではなく、単に気づいただけです。
まぁ以前からちらほら書いてたことではあるのですが、悩むという行為を分別したいなと思ったのですよ。具体的には2パターンです。
1 悩んでもしゃーないこと →悩まない
2 悩んで楽しいこと →思う存分悩む
人間は人生でかならず大なり小なり悩みま止められません
前提として、人間は人生でかならず大なり小なり悩みま止められません。
で、あるからして必要なのは「悩んだ時の対処」です。これを上述のパターンに分けて対処しようと考えたわけですな。
1 悩んでもしゃーないこと
人間がもっとも大きく感じやすいのがこのタイプの悩みで、たとえば「明日不安な仕事があるけど眠れない。うまくいかなかったらどうしよう」とか、「将来どうなっちゃうのか」とか「あの時〇〇していたら〇〇だったのではないか」という妄想とかマジで考えてもしゃーない。
「障害がなかったらもっと生きやすいし、幸せになった」はそりゃそうなのですが、現世で考えても仕方がない
「障害がなかったらもっと生きやすいし、より幸せになった」とこの前ふと思いましたが、そりゃそうなのですが、現世で考えても仕方がないと思えました。
今のリソースと能力でどこまで何をするか考えたほうが有意義
現世なので「障害のない来世」に期待するしかないです。
それよりは今のリソースと能力でどこまで何をするか、また何をしないのか考えたほうが有意義です。
どんな選択でも悩みは出来るのでマジで考えてもしゃーない
この悩み、考えても解決せんのよな。
少なくとも自分は解決できたことがないです。
悩んだ挙げ句「将来はこれで確定、やったぜ!!!」という結論に至ったことがありません。
なので、悩んでもあまり意味がありません。
何故なら結局どんな選択でも悩みは出来るからです。
悩むだけ損
逆にどちらかというと、悩むだけ損をしてます。この悩みパターン1への唯一といっていい対応策は、
A 楽観的エミュレーション(本来と異なる動作環境で実行させること)を走らすこと
B 悩みではなく思考と行動を重ねること
となります。
「まぁそういうこともあるわな」
「楽観的エミュレーション」は、自分というOSの上に楽観的アプリを起動させることです。悩む人間は概ね一生悩みます。
これを捻じ曲げるためには変な注射を打つしかないのですが、そうすると命が危ぶまれるうえに問題が解決しない終わりのループに入りますので避けたい、ということで、楽観的思考のエミュレーション(本来の仕様と異なる動作環境で擬似的に実行させること)を走らせてあげることで、「まぁそういうこともあるわな」みたいな気持ちを仮想でいいから置いてあげます。
不安に思う方が殆ど
不安に思う方が殆どです。
悩んだ上で「こういう楽観的な思考もあるんだなぁ」と外部から取り入れて、それを自分に装備してあげたら良いと思うのです。
「楽観的エミュレーション」を用いて、そもそもしゃーない悩みをうまくスルーするのがひとつの対応です。
「今自分が具体的にできることって何だ?」と考え、それを行動に移す
「悩みではなく思考と行動を重ねること」は要約すると、落ち着いて対処をすることです。
「今自分が具体的にできることって何だ?」と考え、それを行動に移すことが悩み対策になります。
冷静に対処してあげるのが大切かなと思います。
2 悩んで楽しいこと→思う存分悩む
逆に言えば、「悩んでもしゃーないこと」以外の悩みって楽しくないですか?
「半熟卵のミラノ風ドリア」一択しかないけど悩んでみる
例えば「半熟卵のミラノ風ドリアにするかミラノ風ドリアにするか」みたいな二択が発生したときです。
まあ半熟卵のミラノ風ドリアにしてもミラノ風ドリアにしても、成分はほぼ一緒ですが、半熟卵はいつだって味をまろやかにします。
全力で悩んで良いと思います。
寧ろ、こういう決断って悩みのリソースを割いた方がいいと思うのです。楽しいから。
ちなみに私は常に「半熟卵のミラノ風ドリア」一択しかないです。
何故なら50円の差でこんなに美味しくなるなら「半熟卵のミラノ風ドリア」一択だからです。
進路や重要な決断等は「こっちのがおもろそ〜」って感じた方を選択すべき
将来の進路とか、重要な決断等はとことん考えて「こっちのがおもろそ〜」って感じた方を選択すべきだと思います。
その結論が出るまで悩んでみます。
「東大院に行く」や「amazonに行く」という選択はめっちゃ面白かった
ちなみに「東大院に行く」や「amazonに行く」という選択はめっちゃ面白かったです。
両方「面白そう」で選びました。
特にamazonに関してはnoteに書けない面白い企業文化があるので大変面白かったです。
amazon従業員あるある「恩義で楽天使ったことがない」
amazon従業員あるある「恩義で楽天使ったことがない」とか。
厳密に言うと社員の方はamazon全品1割引き【中古品を除く】になるので金銭的にお得なのでECサイトはamazonしか使わない、なのですが。
東大あるある「22時半まで本郷の図書館使えて嬉しいけど中央線で寝過ごして高尾まで行って終電を逃したことがある」
東大あるあるは何だろう。
東大あるある「22時半まで本郷の図書館使えて嬉しいけど中央線で疲れすぎて寝過ごして高尾まで行って終電を逃したことがある」かな(すみません、あるあるではない、ただの経験談ですね)。
従い、20時くらいで帰ったほうが絶対懸命ですね。
でも晩御飯で20時にマックとか寄ってしまうと結局本郷三丁目駅にいつの間にか22時にいるとかこれもあるあるですね。
晩御飯悩んで結局東大赤門向かいにあるインド料理屋に行ってしまう、これもあるあるですね。
あのインド料理屋の「絶対潰れない」感は凄いです。
人生、楽しい経験だったら結局何の選択でも良い
実はこれも寧ろ、悩んでも決断しても何年経っても、正解ってわからんかったりします。
でも振り返ったら面白いネタまみれなので結果的に楽しかったら良いか、と思うようにしています。
人生、楽しい経験だったら結局何の選択でも良いと思います。
だから1と2の悩みは根っこだけ見ると同じです。
2が1と違うのって、悩みの決定権が自分にあることなんですね。
自分でした決断にも「まぁなんとかなるっしょ」っていう楽観的な思考を置いておく
従い、解決策も繋がっている部分があり、自分でした決断にも「まぁなんとかなるっしょ」っていう楽観的な思考を置いておくこともできます。
自分で決めたことだからある程度は自分で責任とるんですけど、予期出来ないことは運ゲーが混じります。
従い、楽観的かつ冷静な目を持つのが両対応で必要ではあるのです。
結論「悩んでもしゃーないこと」にあまりリソースを割かないようにしたほうが良い
「悩んでもしゃーないこと」と「悩んで楽しいこと」、同時に発生するから判断が難しいんですけど、しっかり仕分けていくことで、「悩んでもしゃーないこと」にあまりリソースを割かないようにしたほうが良いと思います。
それよりは「悩んで楽しいこと」をより重点的に悩むようにすれば、人生がよりハッピーになるんじゃないかなと思いました。
【参考】カルロス袴田様『悩みのリソース管理』

