流れは、山を越え、湯へ還る
五月十六日。
土曜日。
数週間前。
三宝神社へ参拝した時、
近くの温泉を勧められた。
「大川温泉、いいですよ」
その言葉が、
ずっと残っていた。
気になっていた場所。
だが、
無理に行こうとはしなかった。
こういう場所は、
流れが来た時に行く。
それでいい。
夕方。
自然と、
大川方面へ車を走らせていた。
「貴肌美人 緑の湯」
名前からして、
どこか柔らかい。
中へ入る。
空気が違う。
独特の、
植物の匂い。
モール泉。
長い年月をかけて、
地中で育った湯。
薄い緑褐色。
派手ではない。
だが、
湯に触れた瞬間、
すぐに分かる。
やわらかい。
身体へ、
ゆっくり染み込んでくる。
露天風呂へ出る。
風が抜ける。
空が広い。
湯に浸かりながら、
静かに空を見上げる。
白蛇。
そして、
大黒天様。
また、
繋がる。
最近の流れ。
天拝山。
雷山観音。
まむしの湯。
そして、
大川温泉。
全部、
別々のようでいて、
どこか一本で通っている。
温泉は、
ただ身体を温めるだけではない。
内側の流れを戻す。
焦り。
疲れ。
重さ。
そういうものを、
静かに流していく。
露天風呂の風に当たりながら、
そんなことを思っていた。
五月十五日。
金曜日。
タケさんからLINEが届く。
「五月十七日、空いてますか?」
続けて、
もう一通。
「京都のトネちゃんから言われていた、
英彦山に登る時が来ました」
その文章を見た瞬間、
流れが繋がった気がした。
英彦山。
以前から、
名前は何度も聞いていた。
だが、
今だったのだと思う。
五月十七日。
日曜日。
朝。
英彦山神宮へ向かう。
午前八時三十分。
現地集合。
その前に、
太宰府へ向かう。
榎社。
道真公。
浄妙尼さん。
「これから英彦山へ行ってきます」
そう報告する。
最近、
何度も通っている。
だが、
通うほどに、
静かになっていく。
お願いではない。
確認に近い。
忘れていません。
ちゃんと来ています。
それだけだ。
榎社をあとにして、
英彦山へ向かう。
駐車場。
空気が違う。
山そのものが、
巨大な神域。
スロープカーへ乗る。
ゆっくりと、
山へ入っていく。
奉幣殿。
静かだ。
だが、
その静けさの奥に、
強い気配がある。
英彦山。
日本三大修験道。
山伏たちが、
何百年も歩き続けた山。
ここは、
観光地ではない。
“修行の山”だ。
龍神様のお水をいただく。
冷たい。
身体の奥へ、
真っ直ぐ入っていく。
そして、
登山開始。
石段。
岩。
木の根。
楽ではない。
だが、
英彦山は、
無理に急がせない。
一歩。
また一歩。
呼吸を合わせながら、
山を登っていく。
途中、
風が吹く。
鳥の声。
木々の揺れる音。
余計なものが、
少しずつ落ちていく。
下津宮。
中宮。
そして――
上宮。
ようやく辿り着く。
令和八年三月。
長い修復を終え、
復活した上宮。
青空だった。
どこまでも、
真っ直ぐな青。
昇殿参拝。
主祭神。
天之忍穂耳命。
「正勝吾勝勝速日」
正しく勝つ。
我が勝つ。
そして、
勝つべき時には、
日の出のような速さで勝つ。
英彦山の神様は、
ただ“勝たせる”神ではない。
“正しく勝つ”ことを、
問う神様なのだと思う。
社殿の前で、
静かに手を合わせる。
その時。
ふと、
言葉が浮かんだ。
「昨日までの自分より、一歩前に進みます」
大きな願いではない。
だが、
とても大事な言葉だった。
英彦山の風は、
否定も肯定もせず、
ただ静かに、
その言葉を空へ運んでいった。
下山。
再び奉幣殿へ戻る。
池。
亀が二匹。
そして、
金色の亀。
陽の光を受けて、
静かに水面が揺れている。
龍神様のお水を、
もう一度いただく。
英彦山がらがら。
乾いた、
澄んだ音。
カラカラ――
静かな奉幣殿に、
その音が響く。
最初は、
素朴な土鈴に見える。
だが、
由来を知ると、
この小さな鈴の奥に、
英彦山そのものの歴史が入っていることが分かる。
奈良時代。
大干ばつ。
雨が降らない。
作物は枯れる。
人々は苦しむ。
その時、
朝廷は英彦山の神へ祈った。
すると、
山が応えた。
雨。
恵みの雨。
人々を救ったその霊験に感謝し、
天皇が奉納した鈴。
それが、
英彦山がらがらの始まりだという。
つまり、
この鈴は、
ただの縁起物ではない。
“祈りに応えた山の記憶”
そのものなのだ。
しかも、
戦乱の時代。
火災から守るため、
その鈴は一度、
土の中へ埋められた。
そして、
後の時代になって掘り起こされ、
土鈴として人々へ分け与えられていった。
消えなかった祈り。
埋もれても、
失われなかった音。
その流れが、
いまも英彦山に残っている。
朱色は、
太陽。
主祭神、
天之忍穂耳命が、
天照大神の御子神であることを表す。
青色は、
水。
干ばつを救った雨。
英彦山から流れる水。
命を繋ぐ恵み。
今回の流れでも、
龍神様のお水をいただき、
山を登り、
再び水をいただいた。
だからこそ、
この「がらがら」が、
ただの土産物には思えなかった。
水。
祈り。
山。
全部が、
ひとつに繋がっている。
しかも、
音がいい。
派手ではない。
澄んだ、
乾いた音。
だが、
その音を聞いていると、
不思議と心が静かになる。
昔の人たちは、
この音を、
魔除けとして家へ吊るした。
玄関。
勝手口。
田畑の水口。
人の暮らしの中に、
英彦山の祈りを持ち帰っていたのだと思う。
今の時代は、
情報も音も多すぎる。
だからこそ、
英彦山がらがらの、
この素朴な音が、
逆に深く響く。
カラカラ――
それは、
山の音だった。
雨を呼び、
人を救い、
長い年月を越えて、
いまも静かに鳴り続けている。
英彦山の祈りそのものが、
あの小さな鈴の中に、
ちゃんと残っている気がした。
“水”の山。
だから、
今回の流れでも、
龍神様のお水。
山。
亀。
温泉。
全部が、
自然に繋がっていた気がする。
英彦山は、
「頑張れ」とは言わない。
ただ、
黙って見ている。
だが、
本気で登った者には、
ちゃんと景色を見せてくれる山だ。
下山後。
タケさんと遅い昼食。
次の遠征について、
軽く作戦会議。
山を降りたあとというのは、
不思議と、
話が前へ進む。
そして、
解散後。
そのまま、
二日市方面へ向かう。
博多湯。
また、
温泉へ辿り着く。
最近、
本当に温泉の流れが続いている。
山で受けた熱を、
湯で整える。
英彦山は、
火の山だと思う。
登る。
汗をかく。
息を切らす。
だが、
博多湯へ入る頃には、
身体が、
ゆっくり日常へ戻っていく。
湯が、
静かに包む。
何かを得るというより、
余計なものが落ちていく感覚。
それでいい。
ヴィクトリアマイル。
エンブロイダリー。
ルメール。
強かった。
速い。
だが、
それだけではない。
流れに逆らっていない。
スタート。
位置取り。
仕掛け。
全部が噛み合っていた。
だから、
止まらない。
競馬は、
誤魔化せない。
状態が、
そのまま出る。
整った者だけが、
最後に前へ出る。
それは、
山も、
人生も、
きっと同じだ。
そして、
ヴィクトリアマイルといえば――
ウオッカ。
二〇〇九年。
第四回ヴィクトリアマイル。
七馬身差。
ただ強いだけではない。
“時代”そのものだった。
あの日。
初めて、
東京競馬場へ行った。
まだ、
目黒さんとも、
そこまで深い関係ではなかった頃。
だが、
目黒さんは、
自然に輪の中へ入れてくれた。
田口さん。
富田さん。
東京の仲間たち。
競馬場の空気。
返し馬。
パドック。
みんな、
本気で競馬を見ていた。
福岡からは、
面白社長、
カワノさん、
そして自分。
当時は、
まさか、
こんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。
まして、
晩年、
あれほど深く関わることになるとも、
思っていなかった。
だが、
振り返ると、
あの日が始まりだった気がする。
競馬を通して、
人と人が繋がる。
当たり馬券だけではない。
外れ馬券。
遠征。
移動時間。
競馬場での何気ない会話。
そういう積み重ねが、
あとから人生になる。
ウオッカの七馬身差。
あれは、
ただの圧勝ではない。
“伝説が生まれる瞬間”
を、
目黒さんたちと一緒に見ていた。
あの日の東京競馬場の空気は、
今も、
自分の中で生き続けている。
山。
湯。
競馬。
人。
全部、
別々ではない。
英彦山で浮かんだ言葉。
「昨日までの自分より、一歩前に進みます」
たぶん、
今の自分に必要なのは、
それなのだと思う。
大きく変わろうとしなくていい。
だが、
止まらない。
祈る。
登る。
整える。
そして、
また前へ進む。
雷も。
風も。
湯も。
人の縁も。
すべては、
流れの中で繋がっている。
だから、
迷わない。
静かに。
凛と。
山を越えた風は、
また次の場所へ流れていく。
その流れを、
これからも、
まっすぐ通していく。
また、しかるべきときに。
