税理士・会計事務所向け|借上社宅の社会保険で迷いやすい5つの論点 ― 現物給与・従業員負担・標準報酬月額を実務目線で整理 ―
■ はじめに
顧問先から、こんな相談を受けることはないでしょうか。
「借上社宅を導入したいのですが、社会保険はどうなりますか?」
「従業員から家賃を取っていれば、現物給与にはなりませんか?」
「税務上は問題なさそうですが、社会保険も同じ考え方でよいですか?」
借上社宅というと、
賃貸料相当額や給与課税など、税務上の取扱い
がまず思い浮かぶかもしれません。
しかし、会社が従業員へ住宅を提供する場合には、税務だけでなく、
社会保険上の「現物給与」についても確認が必要になることがあります。
ここで重要なのが、
所得税と社会保険では、住宅を評価する考え方が同じではない
という点です。
さらに2026年10月1日からは、社会保険における住宅の現物給与価額の
算定方法が変更されます。
そこで本記事では、税理士・会計事務所の方が顧問先の借上社宅について
相談を受けた際に押さえておきたいポイントを、
5つの論点に絞って整理します。
論点①「税務上問題ない」=「社会保険上も問題ない」ではない
まず押さえておきたいのが、
所得税と社会保険では、借上社宅の評価方法が異なる
という点です。
たとえば所得税では、会社が使用人へ社宅や寮などを貸与する場合、
一定の方法で計算した賃貸料相当額が重要になります。
一方、社会保険では、
会社から住宅の提供を受けることによる利益について、
住宅の現物給与価額を基準として評価します。
つまり、同じ借上社宅であっても、
所得税
→ 税務上の基準で確認
社会保険
→ 社会保険上の基準で確認
というように、それぞれ別々に整理する必要があります。
例えば、従業員から一定額の社宅使用料を徴収しており、
税務上は賃貸料相当額との関係から給与課税が生じないケースであっても、社会保険では別途、住宅の現物給与価額と従業員負担額を比較します。
その結果、
税務上:給与課税なし
社会保険上:現物給与あり
というケースも考えられます。

そのため、
「税務上、給与課税されていないから社会保険も大丈夫」
と単純に判断することはできません。
▼税理士・会計事務所として押さえておきたいポイント
顧問先から、
「借上社宅は非課税ですよね?」
と質問された場合には、
「税務上の取扱い」と「社会保険上の現物給与」は分けて確認する
という視点を持っておくことが重要です。
特に借上社宅制度を新たに導入する場合には、税務だけで制度設計を
完結させず、社会保険上の取扱いについても確認しておく必要があります。
論点②社会保険では「実際の家賃」をそのまま使うわけではない
次に迷いやすいのが、
「住宅の価値をいくらとして評価するのか」
という問題です。
たとえば会社が、
月額120,000円のマンション
を借りて従業員へ提供しているとします。
この場合、
「会社が12万円の住宅を提供しているのだから、12万円が現物給与になる」
というわけではありません。
社会保険では、住宅の提供による利益について、厚生労働大臣が定める
現物給与価額に基づいて評価します。
ここで重要なのが、2026年10月1日からの改正です。
従来の住宅の現物給与価額は、畳数を基礎として計算する方法が用いられていました。
これが2026年10月1日以降は、原則として、
住宅の総床面積 × 都道府県ごとに定められた1㎡当たりの価額
という考え方へ変更されます。
つまり、今後は、
・住宅の総床面積
・適用する都道府県
・その都道府県の単価
といった情報が重要になります。
▼実務上注意したいポイント
顧問先が、
「家賃10万円の物件だから、会社負担5万円・本人負担5万円にしています」
と説明していたとしても、それだけでは社会保険上の現物給与の有無を判断できません。
確認する必要があるのは、
実際の家賃ではなく、社会保険上の住宅の現物給与価額がいくらになるのか
という点です。
論点③従業員から社宅使用料を徴収していても、現物給与が発生することがある
借上社宅では、
多くの会社が従業員から一定額の社宅使用料を徴収しています。
そのため、
「本人から家賃を取っているから、現物給与にはならない」
と思われることがあります。
しかし、必ずしもそうではありません。
社会保険では、
基本的に、住宅の現物給与価額から、従業員が負担している社宅使用料等を反映して、社会保険上の現物給与額を整理します。
たとえば、
住宅の現物給与価額 40,000円
従業員負担額 25,000円
であれば、
40,000円-25,000円=15,000円
という形で、15,000円が現物給与として扱われることがあります。
一方、
住宅の現物給与価額 40,000円
従業員負担額 40,000円
であれば、差額はありません。
つまり重要なのは、
「従業員から家賃を徴収しているか」だけではなく、
「いくら徴収しているか」ということです。
▼「実家賃の○%」だけでは判断できない
ここも実務では非常に重要です。
会社によっては、
「実際の家賃の30%を本人負担」
「家賃の50%を本人負担」
といったルールを社宅規程に定めている場合があります。
しかし、社会保険上の現物給与は、単純に実家賃に対する本人負担割合だけで決まるものではありません。
社会保険上の住宅の現物給与価額と、実際の従業員負担額を確認する必要があります。
論点④現物給与が発生しても、社会保険料が必ず上がるとは限らない
社会保険上の住宅の現物給与額が発生すると、
その金額は原則として報酬に含めて考えることになります。
しかし、
現物給与が発生した=その月から社会保険料が必ず上がる
というわけではありません。
健康保険・厚生年金保険の保険料は、基本的に標準報酬月額を基礎として
計算されるためです。
たとえば、
給与等 300,000円
住宅の現物給与額 10,000円
であれば、社会保険上の報酬としては、310,000円
という形で整理することになります。
ただし、
その結果として実際に標準報酬月額が変わるかどうかは別の問題です。
社会保険では、
・資格取得時決定
・定時決定(算定基礎届)
・随時改定(月額変更届)
など、それぞれのルールに基づいて標準報酬月額が決定・改定されます。
そのため、
現物給与額が発生すること
と、
標準報酬月額が変わること
と、
実際の社会保険料が変わること
は、分けて考える必要があります。

▼特に制度変更時は注意
会社が、
・社宅使用料を変更する
・会社負担額を変更する
・社宅制度そのものを変更する
といった対応を行った場合には、その変更が社会保険上どのように扱われるかについても確認が必要になります。
また、随時改定については固定的賃金の変動、標準報酬月額の等級差など、所定の要件を確認する必要があります。
したがって、
「現物給与が1万円増えたから、社会保険料もすぐ増える」
と単純化せず、標準報酬月額の決定・改定の仕組みまで含めて確認する
ことが重要です。
論点⑤借上社宅は「税務だけ」「社会保険だけ」では完結しにくい
借上社宅には、複数の制度・実務が関係します。
税務
・賃貸料相当額
・給与課税
・役員社宅
・法人側の処理
社会保険
・住宅の現物給与価額
・現物給与額
・標準報酬月額
・定時決定、随時改定
労務・人事
・社宅規程
・対象者
・従業員負担額
・給与控除
・制度変更
賃貸借実務
・法人契約
・更新、解約
・退去
・原状回復
つまり借上社宅は、
税務だけ確認すれば終わる制度でも、社会保険だけ確認すれば終わる制度でもありません。
複数の領域をつなげて考える必要があります。
社会保険や労務管理に関する個別具体的な判断が必要な場合には、必要に
応じて社労士等の専門家と連携することも選択肢になります。
■ 2026年10月改正は、顧問先の借上社宅を確認するきっかけにもなる
2026年10月1日から、社会保険における住宅の現物給与価額の算定方法が
変更されます。
この改正によって重要になるのは、
単に計算式を変更することだけではありません。
改正をきっかけとして、
・借上社宅制度があるか
・住宅の現物給与を適切に評価しているか
・従業員負担額をどのように設定しているか
・給与システムへどのように登録しているか
・社宅規程と実際の運用が一致しているか
といった点を確認する機会にもなります。
特に長年同じ方法で社宅制度を運用している会社では、
「昔からこの処理だから」
という理由で継続されているケースも考えられます。
制度改正を機に、一度全体を確認しておくことが重要です。
■ 税理士・会計事務所から顧問先へ確認するなら
顧問先が借上社宅制度を導入していることが分かった場合、最初から細かな社会保険計算まで確認する必要はありません。
まずは、次の4点を確認するだけでも現在の運用状況が見えてきます。
① 社会保険上の住宅の現物給与について確認しているか
② 従業員負担額はいくらか
③ 住宅の現物給与価額をどのように計算しているか
④ 現物給与がある場合、給与計算へ反映しているか
ここで確認が必要な論点が見つかった場合には、税務・社会保険・労務など、それぞれの専門領域に応じて整理していくことになります。
■ まとめ
税理士・会計事務所の方が借上社宅について相談を受けた場合、社会保険について押さえておきたいポイントは次の5つです。
① 所得税と社会保険では住宅の評価基準が異なる
② 社会保険では実際の家賃をそのまま評価額にするわけではない
③ 従業員負担があっても現物給与が発生することがある
④ 現物給与が発生しても社会保険料が必ず上がるとは限らない
⑤ 借上社宅は税務・社会保険・労務・給与処理を横断して考える必要がある
借上社宅制度は、一見すると「会社が住宅を借りて従業員へ提供する」と
いうシンプルな福利厚生制度です。
しかし実際には、
税務・社会保険・給与・社宅規程・賃貸借実務
など、複数の領域がつながっています。
だからこそ、
「税務は税務」「社会保険は社会保険」と完全に切り離すのではなく、
それぞれの専門領域を理解しながら必要に応じて連携するという視点が重要になります。
■ 税理士・社労士など専門家の方へ
本サイトでは、借上社宅制度について、税務・社会保険・給与・社宅規程・賃貸借実務など、一つの専門領域だけでは整理しにくい論点を実務担当者の視点から横断的に整理しています。
顧問先から借上社宅について相談を受けた際の参考資料として、
ご活用いただければ幸いです。
※本記事は、借上社宅制度に関する一般的な情報提供を目的としたものです。個別の税務・社会保険・労務上の取扱いについては、具体的な事実関係や最新の法令・通達・行政資料等をご確認のうえ、必要に応じて税理士・社会保険労務士等の専門家へご相談ください。
借上社宅制度の全体像やテーマ別の記事を探せる「総合案内ページ」です
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借上社宅制度は、税務・社会保険・規程設計が複雑に関係するため、
個別事情によって最適な対応が異なります。
本記事は一般的な考え方を整理したものですが、実務では会社ごとの状況に応じた判断が必要になるケースも少なくありません。
現在は情報発信を中心に活動していますが、読者の皆さまが実務で感じている疑問や課題も、今後の記事やQ&Aの充実に活かしていきたいと考えています。
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・制度設計に関する一般的な内容
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著者
Yoshihiko Tagawa|借上社宅制度の研究家
借上社宅制度について、制度運用や社宅管理の観点から
情報整理・発信を行っています。
毎月3000戸超の社宅運営に携わる中で、
借上社宅制度の運用面・管理面に関する情報整理を行ってきました。
本noteでは、借上社宅制度に関する一般的な仕組みや運用上の考え方を
情報整理を目的としてまとめています。
借上社宅制度にはメリットがある一方で、
運用方法や会社ごとの事情によって、税務・労務上の取り扱いが異なる場合があります。
中小企業の制度理解や運用整理に役立つ視点で発信しています。
