「染織の都 京都」を巡る歴史旅のおススメ 北野裕子
国内屈指の観光都市・京都。コロナ明け以降、常に外国人観光客でごったがえす定番観光地とは一味も二味も異なる、知られざる染織関係の穴場スポットがあると『〈染織の都〉京都の挑戦―革新と伝統―』の著者、北野先生は言います。
近代という時代のなかで、先端技術やデザインを開いた人びとの足跡をたどる旅。その魅力を紹介します。
今は真冬の二月。従来は京都の観光客も少なく、雪でも降れば、白く化粧した金閣が美しい。しかしコロナが明けて、ここ二、三年はその静寂も失われ、四条大橋の上は、常に外国人観光客で満杯になっている。出講する大学は伏見稲荷大社に近いこともあり、京阪電車の中では、「ここは日本?」と思うほど、外国人観光客に囲まれていることもしばしばである。ゆえに京都観光を敬遠する日本人もいると聞き、それでは困る! と原稿を書き始めた。
二〇二五年二月、『〈染織の都〉京都の挑戦―革新と伝統―』を出版した。結局、三〇〇頁に及ぶボリューウムになったため、企画段階では入れたいと思いながら、諦めた内容を紹介していきたい。
本書をお読みになった方々に、是非、巡っていただきたい、意外と知られていない染織関係の穴場スポットがある。
また、染織(染物と織物)と言えば、着物や帯を想像され、女性が好む場所で、男性は関係ない! と思われる方もおられるだろう。しかし、本書で紹介した挑戦者たちは、男性ばかりである。彼らは公に世界と交流を再開した新しい近代という時代のなかで、先端技術やデザインを開いた人々だった。その足跡を辿ってみるという歴史旅はいかがだろうか。
①〔西陣織〕川島織物文化館
本書で最も多くの頁数を割いたのが、二代川島甚兵衞である。創業者の初代と二代が、世界各国から蒐集した染織品(上代裂・名物裂・中国裂・コプト裂・各種装束、衣裳他)約八万点、国内外の古書約二万点、創業以来製作してきた製品の試織裂、原画類が約六万点、合わせて一六万点を所蔵している。株式会社川島織物セルコンの歩みが辿れる常設展示と特別展が催されている。今年は日本国際博覧会(通称、大阪・関西万博)が開催されるため、明治期に二代甚兵衞が挑戦した万博を取り上げる。
京阪本線の北限・出町柳駅から鞍馬行の叡山電鉄に乗り、二〇分余、京都市内の喧騒から離れた静かな地にある。見どころは多く、私は最初に見学した際、入ってすぐの階段を上がった正面に掛けられた狩野芳崖の《悲母観音》に驚愕した。これまで見てきた平面の絵画と違い、織物では立体的で色に深みがある。図録でみてきたものが、実際に織物で表現されると全く違う。絵画があるにもかかわらず、なぜ織物にするのか、この時、腑に落ちた。是非、見学して、絵画と織物の違いを味わっていただきたい。
わざわざ織物だけを見に行くのは? という方には、鞍馬や貴船の観光と合わせるのもおススメ。
②〔西陣織〕西陣織あさぎ美術館
京都呉服問屋の大手、ツカキグループが自社ビルの七階に二〇一九年にオープンした西陣織物の美術館である。四条烏丸からも近く、買い物ついでに立ち寄れる場所にあるものの、比較的ゆっくりと見学できる。こちらは企業紹介ではなく、西陣織物そのものの、美しさと優れた技術を前面に打ち出す。エレベーターが開くと、尾形光琳の紅白梅図を織り上げた黄金の大タペストリーが迎えてくれ、その大きさと輝きに圧倒される。
館内では日本の絵画史上を彩る琳派・狩野派・浮世絵の名品、阿修羅像や吉祥天像などの仏像が織物になっている。さらにルノワール・モネなど印象派、ポスト印象派のゴッホなど洋画の名画も再現されている。これだけでも織物の表現力の見事さは圧巻だが、途中にインスタレーションルームがあり、ここには屏風仕立ての織物絵画が設置され、ライトの色の当たり具合で表情が変わり、光の中を散歩する異空間だ。
これらの美と技を支える工房と人々を紹介する映像もある。現在、西陣織物は西陣の織屋が企画するものの、生産は京都北部の丹後地域で行われている場合が多い。同館の織物も丹後で製織されている。常設展の他、半期ごとに特別展も開催される。

③〔西陣織〕西陣織会館
前述二館の他に、王道としておススメしたいのが、西陣織工業組合が運営する西陣織会館である。本書に図版で入れた空引機や手織りの織機の実物や西陣織の歴史を辿る史料が展示され、そのうえ職人さんの実演もあり、西陣織物の全容を知ることができる。
ただ、外国人の団体観光客が観光バスでやってくる。しかし、彼らは西陣織の商品が並ぶ二階に集中する。ここの混雑を抜け、三階の史料展示まで鑑賞する人は少ない。
京都駅から市バス九番に乗車し、訪問する方が多いが、そのルートには二条城があり、バスが常に混雑している。これを避ける方法としては、地下鉄今出川駅下車、西へ一五分ほど歩く。途中には足利将軍室町第(室町幕府・花の御所)跡史跡や、蹴鞠で有名な白峯神社もあり、歩くのが好きな方には歴史スポットも探しながらの街歩きも楽しめる。
見学後は、再び今出川駅に戻り、松ヶ崎駅まで北上すると、近代京都の染織業を技術とデザインで牽引した京都工芸繊維大学美術工芸資料館があり、こちらも是非、おススメ。
④〔友禅染〕千總本店・ギャラリー
京都の染織業について研究しているせいか、「どこへ行けば美しいキモノを見ることができますか?」という質問を受けることがある。大抵手技の凄さやその美を求めておられる。今、これをお読みいただいている皆様の頭には成人式の振袖姿や、訪問着の美しいキモノ姿が浮かんでおられるのではないだろうか。振袖も訪問着も友禅染という染色技法が使われ、ちりめん(縮緬)という生地に絵画が描かれている。美しいキモノというなら、友禅染を駆使したキモノが最高峰だろう。
その友禅染のキモノのトップブランドが千總である。千總は「糸屋三代続かず」と言われる染織業界のなかで、今年、四七〇年を迎えた老舗で、かつてはキモノを製造し、百貨店へ卸していたが、近年、社屋の一階に本店を設け、自社のキモノを展示販売している。本店に展示されるどのキモノも見事で美しい。
足を踏み入れるのは臆するという方もおられるだろう。それでも、千總本店の見学をおススメしたい。本店に入ると正面の左にオープンな階段が見え、ここを上ると二階は千總ギャラリーになっている。年に数回の展示替えがあるが、長い歴史の中で蓄積された貴重なお宝が展示されている場合が多い。本店のドアを開け、まず、ギャラリーの見学を伝え、二階を見学した後、一階に降りて、空いていれば、「おキモノも拝見させていただけますか?」とお願いすると快く案内して下さる。ガラスの向こうには美しい庭が広がり、烏丸通を渡った三条通東側の喧騒が嘘のような静かな時間が流れる。
この千總の近くに、近年、西陣織をインテリア素材として、ルイ・ヴィトンやグッチなどともコラボし、世界的に展開しているHOSOO(細尾)のフラッグシップショップがある。同社の製品を見るだけでなく、二階ではアート・デザイン・工芸・サイエンスなど、多角的な視点から染織を扱う企画展示が不定期に開催され、カフェでは高級マカロンがいただける。
是非、本書を一読していただき、今も昔も〈染織の都〉を支える京都の人々や企業の足跡を巡る歴史旅をおススメしたい。
(きたの ゆうこ・龍谷大学・大阪樟蔭女子大学・京都女子大学非常勤講師)
