考古科学の基本を学ぶ 渋谷綾子
各時代に生きた人々の痕跡を、科学分析によって解明する考古科学とは、どのような学問なのでしょうか。
そこから何が分かり、どのような研究へ繋げていけるのでしょうか。
『中国文明の起源と伝播―考古科学による多角的アプローチ―』の編者のお一人、渋谷綾子先生が、考古科学の世界を紹介しながら「基本をしっかり学ぶ」ことの大切さを語ります。
考古学はモノ(遺跡や遺物)を通じて当時の人々の生活や文化、歴史を解明するものである。そして考古科学は、各時代に生きた人々の痕跡をさまざまな科学分析によって解明する研究である。「分析の原理や構造は、機器や技術が進化しても大きく変わることはない。基本を身につけていれば、どんな分析も理解できる」。これは、二〇〇〇年代初めに留学先の英国ブラッドフォード大学考古科学部(現在は考古科学・法医考古学部)で、指導教官のJ・トンプソン先生や当時の所属コース長G・マクドナルド先生からかけられた言葉である。当時の私は、日本の大学で考古学を専攻していても科学分析を自分で行った経験が全くなく、ブラッドフォード大学で一から学び始める状態、何から手を付ければよいかわからずに戸惑っていた。そんな私が先生たちとの面談で最初に言われたのが、「基本をしっかり学びなさい」という前述の助言である。そして、機器の使用方法から分析の基本的な内容、特にその分析を行えばどのような成果が見込めるのかなどを指導してもらった。考古科学を自分の専門として掲げる今も、「基本をしっかり学ぶ」という教えは当時受けた指導とともに心に残っている。
考古科学の研究は近年、大きく発展してきている。特に東アジアにおける進展は顕著であり、さまざまな成果が上げられている。考古科学の研究対象は、遺跡から出土するあらゆる無機物(土器、石器、金属器や岩石・鉱物など)や有機物(木器、骨角器、動物・植物遺体、人骨など)である。最近では、生物学や化学、物理科学などの自然科学、情報科学、コンピュータ科学などの多岐にわたる分野の専門家が協働・連携して学際的な研究を行っている。こうした研究における「基本」は方法論であり、調査・分析の手法である。分析の原理といった基本的な知識が多岐にわたる学際的な研究を支え、方法論や調査・分析手法の基盤となる。その重要性は日本でも広く認識されているようである。日本考古学協会のウェブサイトに掲載された「二〇二五年度大学講義一覧」のページを見ると、掲載された日本全国の国公私立大学で開講されている考古科学の関連科目(学士課程の講義系科目)は二〇二四年度より増えている。この状況は、「考古科学の基本を学ぶ」という重要性が日本の考古学教育においても広く認識されるようになった証であると考える。
このたび上梓した『中国文明の起源と伝播―考古科学による多角的アプローチ―』(渋谷綾子・石田智子編)は、考古科学における各種の分析法を用いて中国文明のルーツと広がりに迫ったものであるが、このような近年の動向をふまえて、大学などで考古学や文化財の研究を専攻する学生をはじめ、大学や自治体、博物館や研究所などで研究に従事する専門の方々に向けて製作した。本書は、文部科学省科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「中国文明起源解明の新・考古学イニシアティブ」の計画研究A〇二「考古遺物の材料分析と産地推定」における成果をまとめたものである。研究全体については、公式ウェブサイト(https://chugokubunmei.jp/) を参照いただきたいが、「考古遺物の材料分析と産地推定」プロジェクトは、従来の研究で「エリート層の権威の象徴」とされてきた威信財の漆器、辰砂、玉器、石器、特殊土器などの分析を通じて、資源活用、技術移動の実態を解明したものである。本書はこのプロジェクトの成果を紹介し、読者が考古科学や学際的な研究への理解を深められることを目指した。

本書は序章・総論をのぞいて三部構成であり、各章はそれぞれ独立したものとして読むことができる。「第Ⅰ部 中国文明の起源と発展」は、中国の研究者二名による「古代中国文明論」である。儀礼で用いられた土器や水銀朱の分析を通して、中国文明についてどのようなことがわかってきたのか、それぞれの成果が示されている。第一章では、「中国新石器時代~青銅器時代初期の儀礼用土器」として、各時代・文化期における儀礼用土器の出土例をもとに生産・流通体系について検討した成果が取り上げられている。第二章は、先秦時代の水銀朱について、文献史料の記述と遺跡出土の朱との比較・検討とともに、当時の朱の流通・消費に関する研究成果が述べられている。「第Ⅱ部 考古遺物の分析と産地推定」は、プロジェクトメンバーの研究成果を取り上げている。プロジェクト実施期間において、土器胎土分析、朱の産地推定、残存デンプン粒分析ではどのような研究成果が得られ、今後の研究の展開はどのようなものなのかなどをまとめている。土器胎土分析を扱った第一章では、土器研究の重要性や胎土分析の意義とともに、日本・中国における研究動向、今後の課題が述べられている。朱の産地推定の第二章では、赤色顔料の定義や特性を紹介し、化学分析、特に硫黄や水銀、鉛の同位体比分析法の解説と実際の分析成果が紹介され、続く第三章では硫黄同位体比分析の解説と研究の現状、課題が提示されている。第四章では残存デンプン粒分析がどのような分析なのかという定義から始まり、二〇〇〇年代以降の東アジアにおける研究動向、近年実施した中央アジアの新石器時代の遺跡から出土した石器に関する研究成果を取り上げている。
「第Ⅲ部 中国文明の広がり」は同じくプロジェクトメンバーの成果を取り上げている。特に、金属器・玉器石材の分析を通して、中国文明の広がりや他地域との交流について考察している。第一章では、青銅器や銅器という古代金属器の化学分析について、方法の解説とともに分析結果から判明した東部ユーラシアの青銅器・銅器の化学的特徴について紹介されている。第二章は縄文時代前期の玉器石材について、特に新石器時代のネフライトに関する最新の研究成果が示されている。
本書第Ⅱ部・第Ⅲ部のいずれの章においても、分析手法の解説とともに近年の研究動向や最新の研究成果が提示され、プロジェクトメンバーがどのような成果を上げてきたのかを見ることができる。
考古科学は、単に過去を解明するだけでなく、現在および未来の文化財の保護にも貢献することができる。本書が読者の皆様にとって、分析手法の基本を学ぶ、将来の研究テーマにつながるヒントとなるだけでなく、考古科学や学際的な研究への理解を深める一助となれば幸いである。
(しぶたに あやこ・東京大学史料編纂所特任助教)
