旅ログ36日目「白飯最強のお供は、炒り玉子か?目玉焼きか?」
炒り玉子か、目玉焼きか
朝食を作るとき、
炒り玉子にするか。
それとも目玉焼きにするか。
たったそれだけのことで、
少しだけ迷うことがある。
冷蔵庫から玉子を取り出し、
フライパンを火にかける。
その瞬間まで、
今日はどちらにするのか決まっていない。
炒り玉子なら、
ふわふわに仕上げたい。
箸でゆっくり混ぜながら、
少し半熟気味で火を止める。
優しい朝になる。
目玉焼きなら、
黄身をどうするか。
半熟にするのか。
しっかり火を通すのか。
醤油か。
塩コショウか。
それだけで朝の空気が少し変わる。
どちらを選んでも、
人生は何も変わらない。
収入が増えるわけでもない。
旅費が浮くわけでもない。
髪が急に増えるわけでもない。
それでも、
その小さな選択には、
その日の自分が現れている気がする。
少し疲れている日は、
ふわっとした炒り玉子を選ぶ。
元気な日は、
目玉焼きを焼いて黄身を崩す。
理由なんてない。
ただ、
なんとなくそうしたくなる。
考えてみれば、
人生もそんなものかもしれない。
大きな決断ばかりが人生を作るわけではない。
就職。
転職。
結婚。
引っ越し。
旅行。
もちろんそれらも大切だ。
でも、
本当に自分を形作っているのは、
もっと小さな選択なのではないだろうか。
今日は少し遠回りして帰る。
コンビニでコーヒーを買う。
温泉へ寄る。
散歩をする。
本を読む。
早く寝る。
そんな誰にも気づかれない選択の積み重ね。
敦賀から奈良へ向かった旅も、
熊本へ行こうと思った計画も、
宮古島へ行きたい気持ちも、
最初は小さな選択だった。
「行ってみようかな」
たったそれだけ。
人生は、
大きな夢によって動くこともある。
しかし多くの場合は、
もっと静かに進んでいる。
炒り玉子か。
目玉焼きか。
そんな程度の選択を、
私たちは毎日何十回も繰り返している。
そして気づかないうちに、
その積み重ねが今の自分になっている。
だから最近は思う。
小さな選択を少し大事にしてみようと。
今日の朝食。
今日の散歩。
今日のコーヒー。
今日の旅の計画。
どれも些細なことかもしれない。
でも、
人生は案外そういうもので出来ている。
そして面白いのは、
その小さな選択の先に、
思いもよらない景色が待っていることだ。
奈良へ行くつもりだったわけではない。
熊本に惹かれるとも思っていなかった。
宮古島を調べ始めた時も、
ただ何となく興味を持っただけだった。
しかし振り返れば、
人生の転機はいつもそんなところから始まっている。
壮大な決意表明ではない。
世界を変えるような覚悟でもない。
「ちょっとやってみようかな」
その一歩だった。
異色万生という言葉も、
最初は遊び半分だった。
言葉を組み合わせてみた。
響きが面白かった。
ただそれだけ。
けれど気づけば、
自分の人生観を表す言葉になっていた。
小さな選択は、
未来から見ると意外と大きい。
だから今は、
その時の自分が選びたいものを、
なるべく大切にしたいと思う。
正しいか間違いかではなく、
今の自分がどうしたいか。
その積み重ねが、
きっと人生になる。
朝、
フライパンの前で少し迷った。
炒り玉子か。
目玉焼きか。
結局どちらを選んでも、
きっと正解だったのだろう。
なぜなら、
正解だったから選んだのではなく、
選んだから今日という一日になったのだから。
人生は今日も続いていく。
炒り玉子の日も、
目玉焼きの日も。
どちらも悪くない。
むしろ、
どちらも少し幸せだ。
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ここから先は、
「小さな選択」が実際に私の旅をどう変えてきたのか。
敦賀、奈良、そしてこれから行きたい宮古島まで。
旅の裏側と、本音の話を書いています。
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