見出し画像

タイの海岸を歩く(1)――なぜ日本軍はここに現れたのか

この記事は、「日本軍の跡を歩く」シリーズの一部になります。

85年前の1941年(昭和16年)12月7日午前7時48分、日本軍は真珠湾攻撃を開始した。その同じ12月8日未明、日本軍はタイ各地への上陸・進入を開始した。
 (注:ハワイ時間:12月7日午前7時48分=タイ時間:12月8日午前1時48分)

具体的には下図で赤字で示した地点から日本軍はタイに上陸した。

今回の旅では、その全ての地点を訪れることを企んでいる。これは、私の終活の一つである日本軍の跡を歩くシリーズの一部だ。

サムイ島、プーケット、パタヤ、ホアヒンなどのような観光地と違ってあまり知られてない場所にせっかく行くのだから、後続者のために少しは記録を残しておこうと思った。ただし、日本の近現代史が旅の主題なので、実用面ではあまり有益な情報はないと思う(「美味しいお店5選」とか、「現地お得情報」とかはない)。

ここの読者はよくご存知だと思うが、日本の義務教育課程では、歴史教育が著しく貧しい。私自身が初等・中等教育を日本で受けたのでそれは体験している。皮肉なことに、専門分野の合間に日本の歴史を勉強し直したのは高等教育を受けた米英であった。

2014年8月15日のNHK『大人ドリルスペシャル』で、10代、20代に街頭インタビューを行い、その中で、太平洋戦争について「日本はどこの国と一緒に戦った?」という質問に「アメリカ」と答え、アメリカは日本の敵国だったと教えられて驚く若者が紹介されていた。

2018年の英語教育協議会(ELEC)の文章にも、「最近の若い人の間では、かつて日本とアメリカが戦争をしたことを知らない人もいるそうだ」という記述がある。

しかし、これは現代の若者に特有の現象なのだろうか?若者の中でもある特殊な部分を切り取っただけのことではないのだろうか?

NHK放送文化研究所の2013年調査は、非常に興味深い結果を示している。「日本が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が始まった日」を正しく答えられたのは全体で20.0%、20・30代では6.9%だった。ただし60代以上でも24.8%に過ぎない。つまり、現代の「若者だけ」を糾弾するのは明らかにおかしい。

極端な例を挙げるなという人もいるだろう。確かに、受験クイズ脳だけが肥大化した我々日本人は、第二次世界大戦という名称でまるくパッケージされた戦争はなんだったのかと聞かれたら、即座にいくつかの事件名・年代・地名・人名などを思い出すことが出来るだろう。盧溝橋事件、南京事件、真珠湾攻撃、1937年、1941年、1945年、インパール、ガタルカナル、クワイ河、蒋介石、東条英機、近衞文麿等々。しかし、それらがどう繋がっているのかを説明出来るかどうか自問してみたら、どうなるだろう?

最近の2025年の日本財団「18歳意識調査」では、17~19歳1,000人の94.9%が太平洋戦争を学んだ経験があると回答しているが、その一方で、72.1%は家族や友人と太平洋戦争について「ほとんど話すことはない」と答えている。「知らない」と「話さない」のシナジー効果によって、我々は世代に関わらず、自分の国の歴史を忘却する下降スパイラルに入っていると考えても、真実からそう遠くないだろう。

「日本の歴史を知らない日本人」という揶揄は真摯に恥じるべき言葉だと思う。“あなたに言われる筋合いはない、関係ないだろ、ほっといてくれ“と言う人は少なくないかもしれない。

しかし、それはもはや個人の恥の問題ではない。物語の断片を都合よく繋ぎ合わせた妄想を歴史と称する"識者" がもてはやされ、歴史教育を剥奪された結果、妄想耐性を失った国民が大量に生まれ、国全体が引きずられ始めている今となっては。

いきなり、「1941年12月に起きた日本軍の同時多発攻撃」などと書き出したら、何のことか分からないと思うので、まず最初に「日本軍のタイ上陸」が置かれた当時の文脈について整理しておく。歴史における新発見とか、大スクープとか、論争をふっかけるとか、そんな話ではない。現在の歴史学における最大公約数的な、標準的な理解に従って叙述する。

もちろん、歴史について書く以上、私にも歴史を見る視点がある。それを「中立」という言葉で隠すつもりもない。何を重要な出来事として選び、どの出来事とどの出来事の間に因果関係を見るかという時点で、すでに歴史を書く人間の視点は入っている。

ただし、視点があることと、事実を都合よく選んだり作ったりすることはまったく別の話だ。解釈は私のものだが、その解釈を支える事実については、検証可能な史料に拘束される。少なくとも、ここではその原則で書いていく。

この記事の元資料は、日本側は、防衛研究所公開の『戦史叢書 第1巻 マレー進攻作戦』『第24巻 比島・マレー方面海軍進攻作戦』、旧日本軍作成資料を米軍が翻訳・編集した Japanese Monograph No.45 、タイ側は、タイ国立公文書館所蔵の政府調査報告を紹介したパッターニー・ソンクラー大学の研究、タイ政府・軍・地方行政機関の記念事業資料、英語圏については、英豪側公刊戦史、米軍史、E・ブルース・レイノルズの研究などを使用した。随時AIを使って資料の検索・照合を行い、可能な限り誤記や資料間の矛盾を確認した。


タイ上陸前史

1941年12月8日の日本軍によるタイ上陸は孤立した事件ではなかった。日本軍は同じ朝に、ハワイ、フィリピン、香港、マレー半島、タイへ一斉に動いた。タイ上陸は、巨大な作戦構想の一つの歯車だった。そして、その構想を逆算すると、

日中戦争 → 資源問題 → 仏印進駐 → 米英蘭との対立 → 南方資源地帯の武力確保 → そのためのマレー・シンガポール攻略 → そのためのタイ通過 → そのためのタイ上陸

という論理が見えてくる。以下、それを分解していく。


1 出発点は「タイ」ではなく日中戦争

日本は1937年から中国との全面戦争に入る。しかし、南京を占領しても蔣介石政権は降伏せず、重慶へ移って戦争を継続した。
ここで日本に二つの問題が生じる。

第一に、戦争そのものが大量の戦略物資を消費する。ところが日本は、石油をはじめ、鉄鉱石・ゴムなど多くの重要な戦略物資を海外に依存していた。

第二に、中国へ物資援助をもたらす援蒋ルート(注1)を遮断しなければ、中国を屈服させられない。主要な援蒋ルートの一つが仏印(注2)を通っていた。仏印ルートには当初複数の経路があったが、1939年末以降は、ハイフォンからハノイ、ラオカイを経て昆明へ至る滇越鉄道(注3)が中心となった。もう一つの主要ルートが英領ビルマを通るビルマ・ロード(注4)だった。

したがって、日本にとって東南アジアは最初から「植民地を奪いに行く場所」として現れたわけではない。中国戦争を終わらせるための後方遮断地域として、まず重要になったのだった。

1940年、日本軍が北部仏印(現在のベトナム北部)に進駐した大きな目的の一つも、中国への補給路の遮断だった。同時に、北部仏印への進駐には、その後の南方進出の足がかりを確保するという意味もあった。日本側の戦後作成資料にも、北部仏印への進出と「対支補給遮断」との関係が明記されている。

注1:援蒋ルート(えんしょうルート)
「援蒋」とは、蔣介石(しょう・かいせき)の「蔣」と「援助」の「援」を組み合わせた言葉で、蔣介石率いる中国国民政府を援助するという意味。日中戦争中、米英などから中国へ武器・軍需物資などを運んだ補給路を「援蒋ルート」と呼ぶ。仏印ルート、ビルマ・ロードなどがあった。
注2:仏印
フランス領インドシナの略称。現在のラオス、カンボジア、ベトナムを含む領域。
注3:滇越鉄道(てんえつてつどう)
フランス植民地期に建設された、ベトナムのハイフォン・ハノイ方面と中国雲南省昆明を結ぶ鉄道。「滇」は雲南、「越」はベトナムを意味する。日中戦争中には援蒋物資の重要な輸送路となった。
注4:ビルマ・ロード
英領ビルマのラングーン(現ヤンゴン)に陸揚げされた援蒋物資を、中国雲南省昆明方面へ運ぶための主要補給路。一般に、ビルマのラシオから中国の昆明へ至る道路を指す。


2 しかし、それが逆に日本を「南」へ押していく

ここに日本の戦略上の罠があった。

日中戦争を続けるために、日本は中国への補給路を遮断し、同時に戦争継続に必要な資源を確保する必要に迫られ、南へ目を向けるようになる。

しかし、日本が進出しようとした東南アジアは空白地帯ではなかった。仏印はフランス領、ビルマ・マレー半島・シンガポールはイギリス領、フィリピンはアメリカ領、現在のインドネシアはオランダ領だった。そして、日本が必要としていた石油・ゴム・錫などの重要資源も、この地域に集中していた。

つまり日本の南進は、必然的に東南アジアに植民地と権益を持つ欧米諸国、とりわけ米英との利害を衝突させることになった。
さらに日本は、欧米諸国との関係を悪化させながら、その一方で石油など戦争遂行に不可欠な資源を、まさにそれらの国々とその勢力圏からの輸入に依存していた。
ここに矛盾があった。

・日中戦争を続けるために南へ進出する。
   ↓
・南へ進出すると米英などとの対立が深まる。
   ↓
・対立が深まると、日本が依存している海外資源の供給が制限される。
   ↓
・資源が入らなくなると、今度はその資源を軍事力によって確保しなければ、日中戦争だけでなく戦争そのものを継続できなくなる。


ここから先は

7,315字
この記事のみ ¥ 490
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

🔷 Ray of Letters メンバーシップは、旧主流メディアの情報から独立し、日本を囲ってい…

RAY OF LETTERS プラン

¥490 / 月

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?