なぜランドセルに絵が描かれたのか? ⑯|まるで“寄せ集め”の部品たち
野球少年などの絵が描かれた、昭和レトロなかわいいランドセル。
それは戦後の混乱期につくられたらしく、現代から見ると「理解できない構造」があるという。
この古いランドセルは、当時の製品としてどうだったのだろう?
それを教えてくれそうな人に、わたしは会いに行くことにした。
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駐車場で眼光鋭いオジサンが
Ruiさんに会った翌月のある日。
わたしは駐車場に止めた車の中で、お弁当を食べていた。
今日の目的である骨董屋さんがある、雑居ビルの共同駐車場だった。
周りにランチのお店はたくさんあるけど、時間とお金の節約のために家からおかずを詰め込んで持ってきたのだ。
平日なので、出入する車も少ない。
油断して運転席でモグモグしていると、遠くから誰かが近づいてくる。
白髪交じりの小柄な男の人で、着古したネルシャツにちょっと猫背気味の歩き方。そしてーー何より、ちらちらこちらを見る眼が、獲物から目を逸らさないワニみたいで怖い。たぶん睨んでいるわけじゃないと思うんだけど、ああ、逃げたい。でも、隠れられない。
明らかにわたしに用があるようなので、仕方なくウインドウを開けて「こんにちは」と挨拶すると、「そこさ、ちょっとどいてくれないかな?」と言う。
どうやらわたしが車を止めている場所は、そのおじさんが止めるべき場所のようだった。
車止めには、骨董屋さんの店名が書かれている。おじさんはきっと常連なのだろう。わたしもこれからそこに行くつもりだけど、まだ新参者だ。だから「駐車の権利」としては彼のほうが強いのかもしれない。何より、おじさんの目にはNOを許さない圧がある。
あたふたして車を移動させて、事なきを得た。
食後。絵入りランドセルの入った紙袋を持ち、お店に向かって歩いていくと――
なんと、店から出てきたおじさんが、また戻ってくるではないか。
ひょえー。
こういうときは笑顔に限る。
「先ほどはすみませんでした~」、ペコっと頭を下げる。
おじさんは足もとめずに「ああ、別に」みたいな薄いリアクションをしたが、手元の紙袋に気づくと彼の骨董センサーが反応したのか、ぴたりと立ち止まった。
「それ、これから持っていくの?」
「はいー、別に売るつもりじゃないんですけど、珍しいものだからお店の人に見てもらいたくて」
袋からちらっとランドセルを見せて、今までの経緯を30秒超圧縮バージョンでお話する。すると、それまで無表情に近かったおじさんの唇の端が、にやりと上がった。
「よっしゃ、じゃあ行こう」
え、え??
おじさんは先頭に立って、店に逆戻りする。
え、今あなた、そこから出てきたばかりですよね?
そんなわけでお店の中には、わたし、店のオーナー、眼光おじさんの3人が居合わせることになったのだ。
最初からこの設計ではなかった可能性
お店の入り口はブルーのペンキで塗ったような扉が開放されていて、脇には薬局にあったようなカンガルーの大きなオブジェ。骨董屋さんにしてはウエルカムな雰囲気だけど、最初はやっぱり入りづらかった。
オーナーさんは40代くらいの男性。夏に初めて来たときにはTシャツに首タオルみたいな感じで、バックヤードから汗だくで出てきてくれたっけ。仕入れた古物をきれいに洗浄する作業などもしているんだと思う。親切でありながら、話し方にどこかマニアックな空気をまとった人だった。
写真集や子ども向け雑誌などには特に詳しいらしく、県内外の同業者からの相談に乗ることもあるそうだ。
「アイドルの写真集なんかは、ある日突然値段が変わったりしますからね。矢口真理のクローゼット事件のときは写真集が暴落しましたよ。
あとは、こけしの値段が1週間だけ高騰した『こけし事件』。テレビで取り上げられて価値が上がったんですよ。でも、なんで1週間で値下がりしたかというと、番組を見た人が『ウチのも売れるかも』とタンスとかで眠っていたこけしを大放出したからで――」
後日調べたら「クローゼット事件」とは浮気相手をそこに隠したという不倫騒動。そして「こけし事件」のきっかけになった番組とは、テレ東で2018年に放送された『なんでも鑑定団』。戦前のこけし80体に1200万円の値段がつき、なんと中には1体200万円の作品もあったという。
社会情勢や大衆の心理で相場が変わるなんて、まるで株みたいだ。
骨董屋さんとしてビジネスをするということは、目鼻の利く勝負師になるということなのかもしれない。思ったよりシビアな世界だ。
絵入りランドセルの話をすると、
「ああ、そういうランドセルがあるのは知ってますよ。でも当時はぜいたく品だったから、今も買う人がいないし仕入れてないんですよ」
やっぱりみんなが「懐かしい」と思える、馴染みのあるランドセルのほうが人気があるのだろう。珍しい、かわいいだけじゃ、骨董としての価値はつかないのかもしれない。

しかし実物を手渡すと、まじまじと見ているうちにオーナーの声のトーンが2、3段上がった。
「おおお、これはトラップだらけですね! こんなものはなかなか見ないです 」
聞くところによると、パーツごとに時代がちぐはぐなんだそうだ。
箱の背にある2つの金具が、とても気になると言う。

「たとえばこの金具。今ならこんなに尖ったものは引っかかって危ないから、お皿のような蓋がついているんです。それがないということは、昭和10年代と思われますが――。
でも一方で、こっちのフレームはもっと後の時代なんですよね」

箱の部分を額縁みたいに囲んでいる、金属のことだ。
「こういう整ったフレームの金属加工技術は、おそらく戦後のものなんですよ」
んー、んーと唸りながら推測の世界に入り込むオーナーさん。きっと脳内データベースから、ものすごい量の情報を引っ張り出しているんだろう。
駐車場からついてきたおじさんも、何やら考え込んでいる。
「倉庫にもあったかな」と呟いているような……。もしかしたら仕入先として目をつけている家がいくつかあるんじゃないか。
しばらくして、オーナーさんが口を開いた。
「なんていうか、寄せ集めというか。最初からこの設計じゃなかった可能性がありますね。そう考えればすべてに合点がいく」
それって、キメラとか、フランケンシュタインみたいなこと??
戦後には物資がないから、残っていたありあわせのパーツをなんとか組み上げたのだろうか。
かえって深まった謎。
そして気がつけば、隣にいたはずのおじさんの姿はなかった。
途中で飽きたのか、何か行動を起こしにいったのかーー。
(続く)
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