羊文学『電波の街』───正しさが刃物に変わる前に。
スマホの画面を通じて拡散された”正義”には、どれほどの価値があるんだろう。
たかがスマホひとつでと思うけど、こいつはなかなか侮れない。
こんなちっぽけな光る板が、僕らの生活を変えてしまった。
手紙や日記は、紙媒体としての形を維持できなくなった。
時計や地図は、アプリとなってスマホに取り込まれた。
CDやDVDは、もはや過去の遺産だ。
スマホが破壊したのは、そんな紙や金属の世界だけじゃない。
僕らのまっすぐな信念すら、捻じ曲げられてしまった。
そう言いながら、僕も今日もスマホで音楽を聴いている。
羊文学の『電波の街』は、そんな矛盾も全部抱え込んだまま、
何かをただ、静かに伝えようとしている。
ハイハットのカウントインが、この曲の始まりを告げる。
ギターのフィードバックは長く伸びたエフェクトに包まれ、都市の喧騒を思わせる。
そこに重なるドラムの乾いた打音は、まるでコンクリートジャングルをかき分けていくかのように響く。
羊文学の楽曲は、どこか『輪郭が掴めないような』工夫が随所に散りばめられている。力強くてしなやかなドラムとは対照的に、空間そのものを歪めたようなギターサウンドが残響のように鳴っている。
嘘つきは誰?
探してるヒーロー気取りのボーイ
歌うフリして泣いてるガール
間違いだって仕方ないのも
わかってる
それでも傷つけてしまう
今、正義が歪んでるこの街では
嘘に塗れた都市の中で、誰が”本当”なのかわからなくなっていく。
理想に縋る人たちはどこか”見せかけ”で、本音は誰にも届かない。
そんな街は正義すら、歪ませていく。
誰かが誰かを傷つけ、ぶつかっていく。
それすらも理解しているつもりなのに、この街では”そんなこと”すら理解し合えない。
だからと言って、全てに絶望したわけじゃない。
幸せだって
叫びたいのに迷ってる
あの頃描いた未来と現在が
あまりに違ってる
この街で僕らは夢を見てる
幸せを口に出すことを躊躇うほど、画面の向こうの『誰か』との距離は近くなっている。
有名人の結婚報告の投稿に、匿名のアカウントが噛み付いている。
SNSの誰かの投稿を見るたび、自分が無意識に嫉妬していることに気づく。
それと同時に、僕の嬉しい出来事も、誰かにとってはそういうものなんだと思えてしまう。
いつか夢見たテクノロジーの発達は、僕らの価値観を変え、僕らに幸福にすら刃を映す。
画面越しに伝わる言葉はいつも、静かな攻撃性を内包している。
誰かが放った『正義』は歪曲され、鋭利になって、誰かを責め立てる。
スマホの中にある”正しさ”には、どれほどの価値があるんだろう。
誰かの不幸に、僕は怯えている。
だから、今の僕には、ここで断言することはできない。
けれど、この街で夢を見ることだけは、どうしてもやめられない。
