赤ヴィッツ|エッセイ #シロクマ文芸部
思い出の車がある。
社会人になってやっと業務をこなせるようになってきた時期に、研修の一環として一年間の地方勤務があり、当時都内在住で車を所有していなかったのだが、車がないと暮らしていけないような車社会での勤務となったので、急いで中古車屋で働いている友人に頼んで見つけてもらったのが、トヨタの「赤ヴィッツ」だった。
今は生産が終了してしまったが、当時はコンパクトカーの人気があり、ヴィッツもトヨタの中で結構な売れ筋商品だった(はず)。
ワンオーナーで走行距離は一万キロにも到達しておらず、外装も内装もピカピカ。これでたしか七十万円ほどだったと思う。
友人曰く、たまたま入手したのですぐに連絡したとのことだったが、ネックだったのは「赤」。
「赤ヴィッツ」ってどうなんだろうか…ただ、車がないと生きていけない地域でもう選択肢は残されていなかったので、すぐに連絡をしてくれた友人への恩もあり、即答で了承した。
一ヶ月後、友人がわざわざ車を持ってきてくれた。
「赤ヴィッツ」。
写真で見た以上に赤の強みがありかなり目につく。カワイイ顔したチビのくせに主張が強く、何だか微笑ましい。
地方勤務中は、マイカー通勤が可能だったので、毎日一時間近くかけて職場に向かっているうちにどんどんと愛着が湧いてきた。
週末は必ず洗車と車内清掃でピカピカにするとともに、日帰り旅行へ頻繁に行った。職場で仲良くなった同僚とドライブに行ったり、当時彼女だった妻が遊びに来たときは、泊まりの旅行へ出かけたりした。
そんな毎日運転してきた日々も終わり、東京へ戻ることになった。
本当は一年で手放すつもりだったが、今ではすっかり自分の「相棒」と化していた。結局手放さず、引っ越したアパートの駐車場に置くことにした。
ドライブ自体は学生時代から好きだったが、「赤ヴィッツ」と深く付き合ってきたおかげで、遠出をする楽しさに目覚め、旅行する度にこの相棒で各地を転々と訪れるようになった。
北は青森県の下北半島、西は福岡県の門司港に至るまで、時間の許す限り、行けるところは常にこの相棒とともにいた。
パワー不足で坂ではすぐに減速してアクセルべた踏みしなければならなかったり、コンパクトカー故なのか、道路で煽られることもしばしばあった。
それでもこの相棒に愛想を尽かすことはなかったが、そんな相棒との日々も最後の日を迎えた。
妻と結婚後、しばらくできなかった待望の赤ちゃん(長女)が誕生したことがきっかけで、将来のことを考えて車を買い換えることになった。
子どもが乗り降りしやすくて広いワンボックスカーの日産・セレナに決まった瞬間、自分史の一部を彩ってきた「赤ヴィッツ」との別れが決定的となった。
運転や旅行の楽しさを教えてくれた相棒との別れは、名残惜しさもなく呆気ない幕切れだったが、自分の記憶にはしっかりと刻まれたことは確かだ。
新たな相棒として迎え入れたセレナも大好きで、今年の三月にちょうど十年を迎えた。
今では年数も距離もヴィッツを上回り、家族として欠かせない存在になっている。
相棒のときに使用していたクッション等は、車の買い換え時に全て一新してしまったが、運転席にある小物入れには、以前の相棒のキーを入れていた、革がボロボロで使い物にならない思い出のキーケースが今でも大切に保管している。
(1,354文字)
この作品は、小牧幸助さん企画【シロクマ文芸部】参加作品です。
今回のお題は、【思い出の】でした。
今回はエッセイにしました。
あまり車のことが詳しくない方もいらっしゃると思うので、イメージとしてはこんな車でした。
まさにこの記事のトップに使われている写真とほぼ一緒です(自分の車はRS仕様ではないですが、色、形は一緒です)。
最近は年を取ってきたせいか、セレナでも長時間運転がしんどくなってきているので、パワー不足なヴィッツではとてもじゃないですが遠出は無理です💦
よくあんなおチビカーで青森県の最北端まで行けたなと、自分で自分を褒めたいです🥹
余談ですが、その時に憧れの(?)「恐山」にも行きました。
当時撮った写真がどこかに行ってしまって探すのが面倒なので、以下の公式サイトをご覧ください🙂
ここまで読んでいただきありがとうございました🍀
