アンコール|掌編小説
肌身離さず持ち歩いているスマホを忘れるほど、心には幼児が上手く書けない時期のいびつな丸のような穴がぽっかりと空いていた。
近くのコンビニで何を買ったのかすら覚えていない物が、手に持っているビニール袋に詰め込まれていた。
周りが見えていなかったことに気づいたのは、今日の昼過ぎ。
単なる自惚れだった。
ーーどうかしていた
昔から目立たないタイプで、それは大人になった今でも変わらないが、現実とは異なる世界では別人を装っていた。
小さい頃から好きでやっていたことが、その世界では賞賛の嵐で迎えてくれる。
始めの頃は居場所ができてとても嬉しかった。
でも、その世界に住み続けるにつれて、いつの間にか自分が大きな存在だと思い違いをしていた。
恋人のように指と指を絡ませていた相手が、不意にするりと手を離したような感覚が意識の中にこびり付いている。
パラパラと小雨が降りだし、髪が次第にしっとりと濡れ始めた。
すると、普段気にも留めていなかった電話ボックスが目の前にあった。
ドアに手をかけ、ゆっくりと開いた。
そこは、現実世界からもそれ以外の世界からも遮断され、殻に閉じこもったような窮屈な世界だった。
ーーバカみたい
その場にしゃがみ込み、膝を抱えながら嗚咽し始めた。
通りすがりの人々は、ワタシがうずくまっていることなど見ていないかのように素通りしていく。現実もそれ以外でも同じだ。
ふと右手の指先を撫でた。
中指には昔からある懐かしいふくらみ。
そこを撫で続けているうちに、これまでの想いがフィルム映画のように映し出された。
急に人の声が聞きたくなり、公衆電話から電話をしようと、ポケットに無造作に突っ込んでいた小銭を取り出すと、十円玉が一枚混じっていた。
ワタシは立ち上がり、受話器を取った。
スマホが手元にない今、知っている電話番号は一つしかない。
「もしもし、ワタシ。久しぶりに顔が見たくなって。土曜日会いに行っていいかな」
(791文字)
この作品は、花澤薫さん企画【原稿用紙二枚分の文芸賞】応募作品です。
ステキな企画をありがとうございました。
