【エッセイ】もうひとつの「箱根山こえ」
今回のモノカキングダムの応募作品は、苦笑のショートショートを応募したのですが、この作品を書き終えてから考えていたことがありました。
それは題材にした「箱根駅伝」のことです。
自分は神奈川県育ちだったことが影響したのか、幼いころから箱根駅伝に興味がありました。
小学校のときは、友人たちと「箱根駅伝ごっこ」と称して、好きな大学(当時強かった大学が人気)の選手になりきって近所を走り回ったり、親父が毎年1月3日の復路のときに国道1号線まで車で連れて行ってくれて、沿道から声援を送ったりしていました。
いつしか自分も箱根を走ってみたいと思い、中学、高校は陸上部に所属しました。
結果として悔しさと挫折だけが残る苦い6年間でもう一生走りたくないくらいの気持ちでしたが、「箱根駅伝」だけは欠かさず観てきました。
なんでこんなに気持ちが引かれるのだろう。
もう一生走りたくないのに、
血がたぎってくるのは一体なんなのかと。
これまで正直深く考えたことはありませんでした。
そして、応募後に自分の作品を読み返した際に気づいたのが、この作品に欠けていた別の「こえ」がありました。
それは、箱根駅伝を走る選手たちへの温かな「声援」です。
選手たちは様々な期待を背負って走っています。
親・兄弟からの期待。
チームメイトからの期待。
ふるさとからの期待。
そしてこれまで頑張ってきた自分への期待。
それら全ての期待を一身に背負い走る選手たちに対して、トップの選手だろうが最下位の選手だろうが、みんな平等にかけられる「声援」。
自分が陸上部経験者なのでわかるのですが、走っている間は常に自分との戦いです。とても孤独です。さらに周囲の期待というプレッシャーを抱えながら。
そして走っていて必ずキツい場面があります。
それはトップ選手でも同様です。
そんなとき、周りからの「声援」を聞くと自然と勇気づけられます。
ただの「がんばれ!」の一言だとしても。
他の人からの励ましは自身の実力以上のものを引き出すチカラがあります。
これはスポーツに限らず、実生活でもそうですが、励ます言葉がチカラとなることが実証されているのがこの「箱根駅伝」だと思っています。
これほどの多くの声援を間近で受けられることは滅多にありませんし、心ない言葉がなくみんなが温かい言葉で応援する点は「箱根駅伝」に並ぶスポーツはないのではないでしょうか。
この「箱根駅伝」の一瞬一瞬に集まるみんなの「声援」。
それは見知らぬ人同士がつないでいく「声のタスキリレー」のようです。
山の神ではないですが、これらの「声援」にはきっと何か特別なものが宿っているのではないでしょうか。
スピリチュアルなことは疎くて、なんか胡散臭いな〜と思う自分ですが、この「箱根の声」に関してはチカラを与えてくれる何かがあると信じています。
来年の正月も開催される「箱根駅伝」。
都内暮らしをしてからは沿道まで応援に出かけることがなくなりましたが、テレビ画面を通じて引き続き応援します。
メディアでは思わぬドラマを期待する風潮がなんとなくありますが、自分は選手たち一人一人が悔いなくベストを尽くせればいい、そして何よりも自分のために走ってほしいと思っています。
思わぬアクシデントなんて期待していません。
ただ、選手たち全員が無事に走り切ってくれること、それのみを願っています。
次回モノカキングダムが開催される場合、不利を承知でショートショートにするのか、エッセイに切り替えるかは分かりません。
そもそも挑戦しないかもしれません。
ただひとつ言えることは、これからも執筆力を磨き、より多くのファンを獲得して知名度を上げ、皆さんから「これは書けない!!」と思わせるようなショートショート作品を披露することをここに誓います。
最後にもうひとつ。
紫吹はるさんが、応募者全員に感想を述べた記事を投稿しました。
応募者の熱い想いの数々をまっすぐに受け止めることは容易ではなかったと思います。
最後に大変なお仕事をされて、心から「お疲れ様でした」とお伝えします。
年末の慌ただしい中、ありがとうございました。
感謝を込めて今回の記事で紹介させていただきます(応募者以外で読んでいない方がいらっしゃいましたら是非訪れてみてください)。
