見出し画像

賞や数字よりも大切な「自分の強み」を考える【エッセイ|思考|独り言|創作日記】

今年のゴールデンウイークは、長女が来年中学受験を控えていることから、妻と次女だけ帰省し、自分と長女は都内の自宅で残っています。

そういった状況を活かさないわけにはいかず、「これはまとめて執筆できるチャンス!」とばかりに、創作大賞応募作品を集中しているため、note記事はXでのポストで見かけて読みたい記事があれば読むというスタンスですが、今朝、この記事のポストを見かけてしまったため、小説執筆を中断してまで自分なりの考えを書いてみたくなりました(自分ながらに言い方が悪い(笑))。

詳細はゆずさんの記事を読んでいただければいいのであえて書き出しませんが、多くの人が必ず悩む内容です。

自分が創作者だから気持ちが分かる部分があります。

公募への挑戦で結果が出ない日々はとても辛い。
知っているクリエイターさんたちの吉報を心から喜べない自分がもどかしい。

でもそれって、今の自分をどうにかしたいという気持ちがなければ湧いてこない感情ではないかと思うんです。

その気持ちは悪い感情ではない。是非大切にしてほしいのです。


それから、自分なりの考えを言いますと、何かの賞を取ったからといって、自分が偉くなったわけでも、飛び抜けて優れていたとも思いません。
そこまで努力した自分は偉いと自分で自分をべた褒めすることはとてもいいことですが、承認欲求を満たすための目的には使うべきではないなと、自分自身を戒めています(これまで受賞歴ありませんので気持ちは分かりませんけど(笑))。

それに、賞と取ることが目的となってしまうと、受賞後が続かない。
より良い作品を出さなきゃとプレッシャーに押しつぶされそうになる。やる気がないのに書かなきゃいけないと思ってしまう。

そうなってしまうと、書くことってただの苦行にしか思えなくなってしまうんですよね。

賞レースでなく、このnoteでも「スキ数」「PV数」「収益」など、様々な数字が出てきて、その数で優劣を感じてしまい、モヤモヤしたりやる気をなくしたりする方々も多いです。

でもこれって気にしていたらキリがないんですよね。
しかもこれらって、自分ではどうすることもできない領域です。
賞レースも同様ですが、他人の評価ってあくまで他人ですから、気にしていても仕方がないんです。

それにスキ数やPV数を稼ぎたいからと、顔色伺いながら書かれた記事って本当に魅力的なのでしょうか。

クロサキナオさんのおっしゃるとおり、自分が書いていないような文章になって気持ち悪いですよね。

自分なら例えばこんなタイトルで書いた記事でしょうか。

「好かれたいー仕草や言動で人は変われます」
「noteを始める前と後で別人に生まれ変わった」
「私の完璧朝ルーティン、全て教えます」

(※)こういった記事自体を批判してはいません。

こういったことを書いた時点で、完全に自分の感情や思考を偽っていて、気持ち悪くなります。本心で書いたわけではないからです。

自分の感情や日常生活からかけ離れたことを書き続けていたら、きっと途中で現実の自分とnoteの自分とのギャップに違和感を覚えるはずです。

それに比べたら、今回のゆずさんの記事は本音を書いている時点で、ゆずさん自身の感情や思考から外れていない、素直な記事になっているので、これでいいと感じました。


一方で、個人的には傷のなめ合いは好まないタイプですので、あえて「そんなことないですよ。このままでいいですよ」とは申しません(人には結構厳しいのです(笑))。

代わりに、ご自身の強みに目を向けたほうがいいのではないかなと思うんです。誰にでも強みってありますよね。それは何気ない日常生活でもふんだんにあるものなんです。

他の快楽があるなら、あえて書くことにやる気を出さずに思いきり快楽に浸って、それがネタになって記事にすることだってできるわけですから。むしろ幸せな悩みなんです。

このほとーりさんのおっしゃるように、

「私なんて」→「私だから」

というマインドの切り替えってすごく大切ですよね。

誰にでも複数あります。薄~い人生を送ってきた自分でもありますから。
その強みを深堀したらものすごく強い武器になりませんか?


ゆずさんを含め、ネガティブなマインドに陥っているクリエイターさんの皆さんに投げかけるとともに、自分自身への自戒を込めて書いてみました。

通りすがりに書きたいことを書いたので、TALESでの小説執筆に戻ります(笑)

ここまで読んでいただきありがとうございました🍀





いいなと思ったら応援しよう!