時代小説「放浪の果てに」第四十七話
作:yoshi
第四十七話:八つの淵
巳の刻には屋敷内の作業小屋に入っていた。
中には権内殿と組頭の弥一殿が座卓に置かれた図面を挟んで何か話していた。
私の顔を見ると、屈めた腰を上げて「ご苦労さまでござる」と言った。
私が座卓の一角に座ると、弥一殿が茶を入れて出してくれた。
暫く雑談のあと、先ほどの図面に話が戻った。
図面は堀坂を流れる仁科川と堤の図面だった。
川のすじが空色で引かれていた。
そして、渕は群青色で濃く塗られていた。
渕は長いものや短いものを含めて八か所ほどあった。
渕にはそれぞれの名前が記入してあった。
上流から、上の道尻渕、もち山渕、賢妙渕、上の岩渕、下の岩渕、下の道尻渕、大久保渕、八重間渕である。
この内、岩盤では無い淵は下の道尻と八重間であった。
岩盤では無いと言う事は、水の当たるところが人が作った堤であると言う事である。
「寺坂殿はこの図面を見ただけでお分かりいただけたようでござるな。」と隣の権内殿が声を掛けて来た。
「大水で決潰(けっかい)する所はこの二か所でござるな。」と私が権内殿にいった。
「いかにもそうでござるが、上の道尻の所も岩盤が短こうござるゆえ、その岩盤の下流で大水での決潰の恐れがあるのでござる。」
「と言う事は、三か所の堤の修築が必要ということですな。」と正した。
「いかにもそうでござる。今の普請では、この三か所の土手を太くして嵩上げしているところでござる」と弥一殿が答えた。
「土手を嵩上げすることも太くすることも大切でござるが、水の癖を知ることも大切でござるぞ」と私は進言した。
二人は奇妙なことを聞いたという風な顔をした。
「川の癖はその川の相によって違ってくるのでござるから、大水の際川筋を察して癖を見極めるのでござる。」
この時権内殿のくちから「うう・・・」という声が漏れた。
「甲州流の治水の考え方は水と戦うのではなく、水を上手く受け流すということでござる。
それには、先ほども申した通り川筋を知ることでござります。
例えば、上の道尻の渕でござるが、上流の瀬から真っすぐ流れ下ってきた濁流は、岩の壁に打ちあったって、一瞬行き場を失い上に湧き上がりながら川底をさらい、渕をさらに深くするのでござる。
その後水は前の水に引き寄せられるよう右岸の堤を渦巻きながら削り、下流のもち山渕を目がけて流れ下って行くのでござる。」
私はもち山渕の群青色に塗られた渕の色を見ながら、かつてちよと舟で渡った、狩野川の水晶渕の事を思い浮かべていた。
ちよはあの時、昔の記憶の断片が一瞬見えたと言っていたが、すべてを思い出したとは言わなかった。
和尚の言う通り、彼女の心が、幼い己の身を守るために悲惨な記憶を封じ込めているのだとすれば・・・果たして、今はどうなのであろうか。
ちよの両親がまだ息災であったころ、彼女はこの権内殿の屋敷で、おときと泥んこになって遊んだという。
ここには、かつて見たり触れたりして馴染んだものがそのまま残っているのに、閉じ込められたかつての記憶は、未だ底の見えない緑暗の底から浮かびあげられないでいるのであろうか。
第四十八話に続く

尚、本作は、歴史上の事実や伝承をベースにしつつ、史料の「空白」の部分を作者の想像で埋めた歴史エンターテインメントです。史実とは異なる展開や独自の解釈が含まれますが、江戸時代の息遣いを感じる物語としてお楽しみいただければ幸いです。
