見出し画像

「レキシントンの幽霊」 村上春樹 著 文春文庫

短編集です。

「沈黙」が、最も印象に残りました。

大沢さんは、高校3年の時、優等生でクラスのスターでもある青木から、巧妙に「悪者」に仕立てられます。

大沢さんは、図らずも青木と対決することになります。
その結果・・・
「電車が次の駅に着くまで、僕らはどちらも目をそらしませんでした。でも最後には青木の目は震えていました。ほんの微かな震えですが、それははっきりとわかりました。(p.56)」ということになります。

人を卑怯な手段で貶めようとする人は、どんなに強がっていても所詮小心者なんです。ですから、黙ってじっと相手の目を見ていると、目元や頬や口元に微妙な震えが起き、肩が張り、指先が妙な動きをします。

彼らには、何もできません。震えが起き始めた時、虚勢の背景にあった不安・恐怖が表に出てしまっているからです。

大沢さんの言うように、青木のような男は怖くありません。黙ってただ見つめていれば、「なんだよ!」ぐらいのことは言いますが、結局は尻尾を巻いて逃げていきます。

怖いのは別の人たちです。

大沢さんは言います。

「でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当りの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。(p.59)」

「自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当りの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中」は、心の奥底では、自分の無力さを「わかっている」のかもしれません。しかし、「わかってしまう」と自分に不都合なことが起こる。

だから、「わかっている」ことを封印し、誰かをスケープゴートにして、自分を安全なポジションに保とうとするのです。

そうした攻撃を受けた経験のある人は、「人間というのを頭からすっかり信用するということができなくなったんです。(p.57)」という状況に追い込まれます。

僕の場合、小学校2年でそうした経験をしました。クラスメートの靴を泥棒した犯人にされてしまったのです。冤罪でした。先生を含め、誰も、僕の味方になってくれませんでした。僕はやってもいないのに、「僕がやりました」と言いました。

その事件の後、僕は人が怖くなりました。赤面になり、外に出ると他人の目を気にするようになり、その結果、自分の行動がこれでいいのか、常にチェックするようになりました。歩き出す時、右足から出たらいいのか左足からなのか迷うこともありました。しまいには、呼吸のやり方はこれでいいのかわからなくなり、呼吸ができなくなったこともありました。

小学生の頃、よく教師が、「黙祷!」と生徒たちに指示を出しました。その指示が出されたら、少しの時間、目を瞑っていなければなりませんでした。それができませんでした。完全に目を瞑ると、誰かから何をされるかわからなかったので、それが怖かったのです。目を瞑ろうとすると、瞼が痙攣しました。そして、そんな僕の状況を発見した教師からは、「なんで、できないんだ!」と注意されました。でも、僕は、「普通」にできなかったのです。

そうした恐怖を他人から気取られないように、僕は、ピエロを演じました。笑いをとれば、そこでごまかせたからです。しかし、いくら一時的にごまかせても、根源的な恐怖からは逃れられないのです。

逃れるまでには、かなりの時間がかかりました。20代の終わりに最初のブレイクスルーがあり、30代で、ここなら安心という場ができ、ほぼその恐怖を克服したのは、50歳ぐらいの時なのではないかと思います。

しかし、そのほぼ40年に及ぶ長い時間の中で、僕は多くのことを学びました。それは、今、僕の財産になっています。


「レキシントンの幽霊」も、忘れられない作品となりました。

スティーヴン・キングの「シャイニング」や、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を思い浮かべました。

華やかなパーティーは、どこか哀しい。死の匂いがするのかもしれません。


いいなと思ったら応援しよう!