「夏物語」 川上未映子 著 文春文庫
小説家は、すごい!金原ひとみさんにも西村賢太さんにも感じたことなのですが、すごい。彼らは、妥協しない。そこまで書くかということも書き切ってしまう。その勇気と覚悟が僕にはあるのだろうか?と自問してしまいます。僕は、まだまだ甘いんだろうな・・・。
世の中嘘っぽい言葉に溢れています。
不妊治療の一つAIDに関する集まりの中で、
「やっぱりどこからか神さまはちゃんとご覧になっているんです。おみとおしなんです。覚悟のある、ちゃんとした夫婦やご家庭に、子どもをお授けになるんです。家族がいちばん、大事なんです。(p.278)」と発言する女性が登場します。
こう言う言葉、聞いていて、僕はゾッとします。
主人公の夏子は、思わず手を挙げて発言してします。
「ちゃんとした家族とか家庭、あと覚悟がある夫婦のところにその神さまが子どもを授けるとおっしゃってましたが、その考えはちょっと雑すぎませんか。ちゃんとした家庭とか家族ってなんですか? たとえばその神さまに子どもを授けてもらったちゃんとした家庭で、どうして虐待が起こるんですか。どうして親に殺される子どもがいるんですか(p.278)」
「そうだ!その通りだ!」と読んでいる僕もコーフンしました。
でも、「神さまはちゃんとご覧になっている」と発言した女性は、小さな声で「でも虐待とかそういうのは、子どもの試練でもあるからね(p.279)」と小声で言います。
彼らは、自分たちの正しさを、ちっとも疑わないのです。そして、お互いを褒め合い、その輪に加わらないものを軽蔑するのです。
作家による朗読会のシーンが出てきます(p.250)。これも、わざとらしい。参加者のみなさんは、多分にこやかに笑みを浮かべながら静かに聞いているのでしょう。そして、会の終了後「素晴らしかったですね」と予定調和的なコメントを述べ合うのでしょう。
僕は、そういう雰囲気に耐えられない。
主人公の夏子も、こうした会に疑問を持ち、出演者のひとりでもある遊佐リカは、参加者のことを「自分がものをわかっている側」と言う意識を持った人たちだと言い切りバカにしています。
紋切り型のハリボテの幸せの中で能面のような笑みを浮かべ、皆同じ言葉を喋り、「そうだね」「そうよね」とお互いの正しさを確認しあい、自分たちの価値観を理解しない人たちに対し、「あぁ、あなたはそのレベルなのですね」とおっしゃる方々には、辟易とします。
そんな嘘っぽい世界よりも、夏子の姉の巻子と筆談でしか会話をしなかった12歳の姪の緑子が、「泣き叫びながら今度は両手で卵をつかんで、それを同時に叩きつけた(p.166)」シーンが、グッときます。
50代になってもスナックに勤めて生活費と緑子の学費を絞り出している巻子は、ダメでいまいち考えが足りないように見えるけど、逞しく生きているよなと思います。
夏子も、仙川さんも、遊砂さんも、元同僚の紺野さんも、AIDの会で出会った逢沢さんや善さんも、緑子も、巻子も、嘘っぽい世界の中で、転がりながらなんとか生きている。その姿に愛おしさを感じました。

