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「なぜ日本は原発を止められないのか?」 青木美希 著 文春新書

原発について、ここまで取材し追求し出版までこぎつけた著者の信念と行動力に敬服します。

2011年3月11日の東日本大震災と津波、そして、それに続いて起こる福島第一原発の事故。これは、大袈裟ではなく、日本存亡の瀬戸際にあった出来事だと、僕は思っています。

僕は以前技術屋だったこともあり、原発建屋が水素爆発を起こした後、すぐに耐震性をチェックし、発表された炉内の水温を調べ、毎日グラフにプロットしていきました。

炉内の水温は、最初はとても高く、これは大変なことになると思っていたのですが、なんとか仮設の冷却システムが働きだしてから水温は下がっていき、100℃を切ったっとき、なんとかなるかもと思いました。汚染はそのあとも続くでしょうが、とりあえずの最大の危機は回避できたのではないかと思いました。

驚いたのは、設計時の耐震強度が438ガルだったことです。ガルとは加速度の単位ですが、僕が石油会社に勤めていたとき、阪神淡路の大地震があり、その時の加速度が900ガル程度と言われていたからです。僕の石油会社での最後の仕事は、製油所の設備が900ガルに耐えるかどうかを検討し、補強範囲を特定するというものでした。

それなのに、原子力プラントはそれよりはるかに低い438ガルで設計されているんだということに驚いたのです。僕は、津波の前に地震で何かが損傷したのではないかと思いました。

しかし、福一原発事故の直後から、政府や東電や原子力関係の専門家からは「津波により壊滅的打撃を受けた」という話ばかりでした。多分、最後の一撃を加えたのは津波でしょう。でも、その前になんらかの損傷はあったのではないかと僕は思っていました。

本書にも書かれていますが、「国会事故調は、地震発生後、津波に襲われる前に運転員が1号機で配管からの冷却材の漏れを気にしていたことや、主蒸気逃がし安全弁(SR弁)が作動しなかった可能性を否定できないことから、「特に1号機の地震による損傷の可能性は否定できない」とし、事故の直接的原因について、「安全上重要な機器の地震による損傷はないとは確定的には言えない」と結論づけている。(p.167)」とのことで、この話が公にされたのは、僕の記憶では、新潟県技術委員会が2020年10月に公表した報告書以降のことです。

しかも、よほど興味を持って情報収集しなければ、キャッチできないものでした。つまり、一般的には、「地震だけだったら、なんとかなったのに、不幸にも『想定外の』津波があった」というように理解されていましたし、今もそうなのではないかと思います。しかし、それは違うのです。地震でも損傷が起きていたのです。

僕は、この手の情報操作は、とても恐ろしいことだと思います。

ちなみに近年の日本の地震の最大加速度は以下のとおりです。

1995年 兵庫県南部地震    800ガル
2007年 新潟県中越沖地震   813ガル
2008年 岩手・宮城内陸地震  4022ガル
2011年 東北地方太平洋沖地震 2933ガル
2016年 熊本地震       1362ガル
2018年 北海道胆振東部地震  1796ガル
2022年 福島県沖の地震    1233ガル
2022年 石川県能登地方の地震 606ガル
*出典 https://www.tokiwa-system.com/column/column-256/


福一の事故は、偶然によって救われたと考えています。その偶然とは、僕の考えでは:
・3月12日15時36分 1号機で水素爆発。3月14日11時1分 3号機建屋水素爆発。このため建屋が破壊され、外部からの放水冷却が可能になった。
・3月15日3時に、2号機格納容器圧力が設計圧力を超えるが、おそらく周辺のどこかに穴があいて圧が逃げたため、格納容器本体の爆発に至らなかった可能性があること。
・4号機炉内の燃料プールになんらかの幸運で水が流れ込み、冷却が保たれた。
・福島第二原発は、第一原発とほぼ同じ状況(正、中央制御室の電源は確保されていた)だったにも関わらず、臨界を阻止することができた(メルトダウンを起こさなかった)。


これらの偶然が無ければ、福一の事故により、東北から神奈川県あたりまで、人が住めない状況になっていたかもしれません。

例えば、
「専門家の近藤氏が菅直人首相に依頼されて作成した最悪シナリオは、1号機が水素爆発して、4号機に近づけなくなり、4号機プールの使用済み燃料から放射性物質が拡散するというもので、東京を含む250キロ圏内が避難対象という見立てだった(p.184)」
というシナリオも想定されていました。

これだけの危機的状況であったにも関わらず、日本国内は、喉元過ぎれば・・・という空気になっています。

事故直後、「日本は事故当事者国として、脱原発に変わろうとした」が、「たった12年で岸田政権が元に戻した(p.219)」と、著者は言います。
政府や電力会社を含む財界の多くの人たちは、原発推進に向かっているように見えます。

しかし、本音のところでは、原発の安全性に疑問を持っている人もいます。

例えば、河野太郎氏は「総裁選でも原発ゼロ、核燃料サイクルを手じまいすべきだと訴えた。(p.206)」とのことですが、自民党内では少数派です。

石破茂氏は、「原発は安全じゃないが、ゼロにする答えが出ない(p.152)」とのことで、どうやら原発はない方がいいと考えているらしいのですが、相変わらず、わかりにくい。石破さんは、正直すぎるんでしょうね。多角的に考えているからこそ悩んでしまう。悩んでいることをそのまま表現しちゃう。だから、説得力に欠けるのでしょう。石破さんが悩んでいることを表に出して、みんなでディスカッションすればいいのにと思います。

原発は、テロにも弱い。原発が攻撃対象になったら、放射能汚染という観点からは、核攻撃を受けるのと変わりがありません。

技術的にもわからない部分が多いんです。「中性子照射脆化 (p.187)」の問題があります。中性子を浴びた金属は脆くなってしまうのです。しかし、どのくらいの年月でどのくらい脆くなるのかははっきりわかっていないはずです。

それなのに、日本は稼働年数を伸ばしています。

なぜ原発をやめられないのかというと、要はやめ方がわからないのとお金の問題なのでしょう。

そのあたりのことを、立憲民主党の枝野幸男氏は以下のように語っています。
「各電力会社は使用済み核燃料を、再利用する『資産』と位置付けてきた。資産ではなく廃棄物となると、既存大手電力会社9社が一気に赤字に転落する可能性がある。事実上、脱原発をするには原発を国有化するしかない。廃炉をする主体は国でないとできません。(p.199)」

原発関連で働く人たちが失業してしまうという意見もあります。
しかし、「原発に携わっている人が20万人、再生可能エネルギーに全て転換すると250万人の労働力が必要になる(p.210)」とのことです。
僕は、さらに、今の原子力に関わる技術者を、核廃棄物の処理と、核融合発電の研究に移行したらいいんじゃないかと思います。核融合は、現在の核分裂型発電は、スイッチが切れ冷却できなくなると暴走し、メルトダウンを起こしますが、核融合の場合は、スイッチを切ると止まります。未来の技術ですが、今から投資して研究していったらいい。燃料はウランでもプルトニウムでもなく、重水素ですから、ほぼ無限にあります。

だから、僕は、現在の核分裂型の原子力に固執する必要はないと思うのですが・・・。

最後に、原子力から撤退したオーストリアの人々が原発に反対した、重要とされる5つの理由が、この本に示されていましたので、ここに示します。オーストリアは原発が建ったものの、国民投票の結果、原発が禁止され、原発を使わない国になりました。
・通常運転の条件下であっても、放射線の放出に関連する人体の健康への害
・原子炉容器の解決されていない技術的な問題 ・核廃棄物の管理と処分に関する、未解決かつ解決しがたい問題
・いわゆる〝平和的な原子力エネルギー〟と、軍事原子力業界の間のつながり
・非常時計画が不十分であること、原子力の破局的な状況があった場合に、いくつかの都市を避難させる必要があり、それは不可能であるということ (ペーター・ウェイッシュ、ルパート・クリスチャン「オーストリアの原子力への『ノー』」「世界」2014年4月号より)(p.229)


原発については、今後どうしていったらいいのか、みんなで話し合うべきテーマだと思います。



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