「虐殺のスイッチ」 森達也 著 ちくま文庫
著者は言います。
「社会は加害側の声を聞きたがらない。(p.113)」
全く同感です。
なぜ、オウム真理教の幹部を死刑にしてしまったのでしょう?彼らが何を考え、どんな気持ちでサリンを撒いたのか・・・。徹底的に聞き取りを行い、研究することによって、再び同じようなことが起こることを防ぐことができたのではないかと思います。
僕は、カウンセラーという仕事をしている関係上、これまで、それほど数は多くないかもしれませんが、オウム真理教を含む様々なカルト元信者たちや現役信者たちと会ってきました。彼らは、まじめで善良な人たちでした。僕が出会った人たちは犯罪に手を染めたわけではありませんが、教祖の言葉を100%信じていた時期がありました。その時期に一歩向こう側に踏み出したら、その時に教祖からの指示があったら、踏みとどまるのは相当難しいことだったと思います。踏みとどまることのできた一人は、ある人からの「自分の頭で考えなさい」という言葉で、葛藤ののちにカルトを脱会しました。でも、そうしたきっかけもなく、向こう側に行ってしまった人もいるのでしょう。
そして、著者は、善良な人たちが過激化していく過程の重要な要素として、「相互忖度」のメカニズムがあると言います。部下は、リーダーが喜ぶような行動を先回りして実行するという「忖度」をします。リーダーは、部下に受けるように、「忖度」し、耳障りが良くしかし過激な言葉を投げかけます。
僕は、この「相互忖度」という言葉に、注目したいと思います。部下からリーダーへの「忖度」とリーダーから部下への「忖度」の相互作用である「相互忖度」は、「リスキーシフト(過激化)」を招きやすいと言えます。
より過激な方が、勇ましく、だからこそ好ましい意見となっていきます。
これは、カルト内だけの現象ではありません。ナチス、クメール・ルージュ、スターリン支配下のソ連などにおける虐殺も「相互忖度」によって「リスキーシフト」していくプロセスがあっただろうと思います。
そして、いじめも、企業における粉飾決算やデータ改竄も、最近話題になっているテレビ局内の組織的なセクハラの背景にも「相互忖度」による「リスキーシフト」があったのではないかと思います。
空気を読むのが得意な日本人は、「相互忖度」による「リスキーシフト」が起こりやすいかもしれません。
さらに、「この国は記憶することが本当に苦手(p.95)」です。見たくないものからみんなで目を逸らそうとします。
あえて、見ましょうと言いたい。それは決して自虐史観ではありません。
むしろ、自分の自分達の黒歴史をしっかり見つめることが、未来の過激化を虐殺を防止するヒントになります。それは、辛いプロセスですけど、すべきことでしょう。
著者は言います。
「歴史を知ること。今の位置を自覚すること。後ろめたさを引きずること。自分の加害性を忘れないこと。 これらがクリアできれば、集団が暴走するリスクはかなり低下する。(p.168)」
著者の意見に賛成です。傲慢にならないことだと思います。どの国にも黒歴史はある。それを見つめる勇気を持つことが大切だと思います。

