自分フィルター調整で、もっと伝わる文章・コミュニケーションを
その文章、自分らしく書く必要がある?
あるオンラインミーティングに参加していたとき。「自分らしい文章がなかなか書けないんです。何度直しても赤字が入るし…」と話しながら、泣き出した人がいました。ライター6名で、その月に提出する原稿の方向性をすり合わせていたときのことです。
すると、ほかのメンバーからも「私、文章を書く才能がないのかなって思ってて」「わかる、どうしたら認めてもらえるんだろう…」と、続いて声があがりました。そのミーティングは、ライター歴が10年を超える古参A(チームリーダー)とB(私)、ほかはライティング講座を終えたばかりの新人さんという構成。
すすり泣きの声が響き、落胆した表情が映し出されるZoom画面に向かって、Aさんが「みんなまだ駆け出しなんだから、経験を積んでいけば自分らしさが見えてくるようになるよ、大丈夫!」と笑顔で鼓舞していました。
その時古参Bは、一抹の違和感とともに画面を見つめていた。すると、「Bからみんなに何かアドバイスある?」とAさんからパスがきたので、「えーと、自分らしさを出す必要はないと思います。ここで書く原稿は自分を表現するものではなくて、読者に有益な情報と気づきを与えるためのものなので。それと、自分の才能を高めたり、評価を得るために書こうとすると、確かにつらくなるかもしれないですね」と胸の中にあった違和感を言葉にして伝えてみました。すると、湿っていた空気が一気にパキッと乾いて、数秒の沈黙が訪れました。
「えっ?」という顔で画面越しにこちらを見つめる顔。少し「はっ!」とした様子でまばたきをしている顔。「自分らしさを表現したり、文章のうまさを評価されたい場合は、SNSやブログで自己表現するのがいいと思います。私たちが作っている原稿は、クライアントから依頼を受けて、読者に向けて書いているものなので、どう自分を表現して評価されるかではなく、クライアントの意図やテーマを伝えるにはどんな表現が最適か?と考えてみてはどうでしょうか」と続けました。
「あー、確かにそうだね!自分らしさを追求するのはまだ早かったかな。たくさん書いてコツをつかんでいきましょう」と続けて〆に入るAさん。けれど、古参Bの胸にはまだ説明しきれていないモヤモヤが残っていたので、思考の整理と今後のライティングのために、ここで言語化しておくことにしました。これはライターだけの話ではなく、企画書、メール、プレゼン資料、SNS発信など、仕事で文章を書くすべての人に関係する話です。
誰もが自分フィルターで生きている
そのミーティングに参加していた駆け出しライターさんのうち、半年後チームに残っていたのは1人。ほか3人は転職、育児などの理由で離脱していき、今も書くことを続けているかは分かりません。ライティング講座に参加して、ライターとして仕事をはじめたということは、書くこと自体が好きだったり、書いて表現したいことがあったのでしょう。
けれど、文章には「自分らしさを表現することが適している文章」と「自分らしさを手放したほうがいい文章」があります。もちろん、その中間くらいに位置する文章もありますし、さらに細分化もできます。
私はこれを、「自分フィルターで書く」「自分フィルターをできる限り外して書く」と理解することにしています。自分フィルターという表現は、以前勉強したNLP(Neuro Linguistic Programming、神経言語プログラミング)の講座で教わりました。NLPとは、1970年代初頭に心理学と言語学の観点から体系化された、コミュニケーションや心理的アプローチの手法です。セラピーやカウンセリングの現場のほか、スポーツのメンタルトレーニング、ビジネスや教育でも活用されています。
私にとってNLPで大きな学びとなったのが、「人はそれぞれ異なる領土をもっている」という視点。私たちは、見る、聴く、匂うなど五感から様々な情報を受け取って生きていますが、優位な感覚はそれぞれ異なり、そのときの心身の状態によっても受け取り方は変化します。であれば、同じ場所で同じものを認知していたとしても、〈目の前に広がる世界=自分の領土〉はそれぞれ違ったものになるということ。
これを簡単にいうと、〈人はそれぞれ自分フィルターで世界を見ている〉となります。自分と人は違う、そんなことは当たり前だと思うかもしれませんが、その当たり前を私たちは忘れてしまいがちです。そして、「なんでそんなことを言うんだ!」と意見の違いで衝突したり、自分とペースが違う人に「こんなことがサッサとできないのか」とイライラしたりします。
自分とこの人はまったく違う領土にいるのだから、意見やペースの違いが生まれるのはごく当たり前だという理解の上でコミュニケーションができていれば、そんなコンフリクトは起きないはず。けれど、私たちは自分フィルターを完全に外すことはできず、相手の領土を完全に理解することもできず、さらに自分と相手の領土はまったく違うということも忘れがちです。コミュニケーションや正しく伝えるということは、やはり簡単ではありません。
自分フィルター強・中・弱
文章の話に戻ります。私自身、さまざまな種類の文章を書いてきたなかで、書く文章の種類に合わせて、この「自分フィルター」を強めたり弱めたり、その都度調整する必要があることに気づいたので、分類してみました。
自分フィルター〈強〉 体験記事/書評や映画評/詩や短歌
自分フィルター〈中〉 エッセイ/インタビュー記事/企画書
自分フィルター〈弱〉 報告書/執筆代行/商品説明/PR記事/導入事例
自分の体験や知識をもとに、自分の感性を前面に出して書く自己表現的文章は自分フィルター〈強〉。自分を表現するのではなく、分かりやすさ、客観性、具体性、論理的な展開などに注力して書く文章は自分フィルター〈弱〉。その中間が自分フィルター〈中〉。記事のテーマなどによって強弱は変わりますが、大分類するとこうなりました。
冒頭に登場した駆け出しのライターさんたちは、文章を書くことが好きで文章講座に通っていて、おそらく、文章を通して自己表現したり、自分らしい表現を評価されることを目標にしていたのだと思います。そのため、ライターとして仕事をはじめたときに、「どうしたら自分らしさが出せるのか」「共感や評価を得るためにはどうしたらいいのか」に意識が向いていました。
けれど、当時取り組んでいたライティングの仕事は、クライアントから依頼されたテーマで記事を書き、ターゲットとする読者に届けるための執筆作業。そこで求められるのは、クライアントから話を伺い、意図をくみ取り、クライアントが求めるトーンと表現で文章を書くこと。そのためには、可能な限り「自分フィルター」を薄めて、「クライアントフィルター」で思考し、表現する必要があります。自分フィルターを完全に脱ぐことも、相手とまったく同じフィルターで世界を見ることもできませんが、「自分はこうだから相手もこうだ」という前提と、「相手のフィルターだとどう考え、どう表現するのか」という前提で考えるのでは、アウトプットはまったく違うものになります。
クライアントから、「この表現は、弱さや寄り添う感覚が強く出すぎるので、使わないでほしい。鼓舞したり行動を強く促すトーンにしたい」という希望を伝えられても、寄り添う系のトーンが変えられないライターCさんがいました。「この単語は使わないようにしましょう」「悩んで落ち込んでいる人ではなく、すでに行動していて強いメッセージを求めている人に向けて書いてください」などの具体的な改善方法を伝えても、文章のトーンが変わりません。そして、クライアントから「こちらが意図している表現ではない」と指摘されて書き直しになる。その繰り返しで「私は文章を書く才能がない、自分の表現が認められない」と悩んでしまう。
これは、文章が上手い下手ではなく、フィルターを間違えているから起きること。Cさんの話をよく聞いていると、「行動的な人でも気分が落ちることはやっぱりありますよね」「私だったら、こんな時はこう言われたいから」など、自分フィルター〈強〉で思考し、書いていることがわかりました。自分フィルターのパワーは強力なので、テーマやトーンを理解していても、いつの間にか自分フィルターに戻ってしまうようです。
フィルターのコントロールを練習する
では、自分フィルターをコントロールするにはどうしたらいいのか。それは、「私は常に自分フィルターで世界を見て、思考している」と認識すること。自分と他者はまったく違う領土を持っているのだと、事あるごとに意識し直す。そんなことは分かっているし、自分と人の認識や思考が違うなんて当たり前だと思うかもしれませんが、その違いを日頃意識づけることはあまりないはず。
高知の山深い地域の、昔ながらの古民家で育った友人は、夏は家じゅうの戸を開け放し、蚊帳の中で眠る暮らしをしていました。家の中に虫がいるのは当たり前で、遊び相手だと思っていたそうです。そんな彼が結婚したのは、都会育ちの女性。家にゴキブリが出たとき、「いやーーー!!はやく殺して!」と恐怖で叫ぶ妻を見て、たいそう驚いたそうです。一方にとっては昔馴染みの遊び相手。もう一方にとっては殺したい存在。この話をきいたとき、人の領土とはこんなにも違うのかと感心したものです。
仕事で何度か取材をしたDさんは、医師であり複数の事業の経営者であり、文化的な取り組みや芸術にも造詣が深く、夫であり父親でもあるという複数の肩書をもっていました。Dさんは、「多忙すぎて、自分の本心や目的を見失いそうになることがある。そんなときは、自分のフィルターを切り替えてから思考するようにしている」と話していました。「今一番何がしたいか?」と内省するとき、事業経営者としてのフィルターと、幼い子供の父としてのフィルターでは、まったく違う答えが返ってくるから、一緒くたにしてしまうと自分の心やすべきことを見誤ってしまうということでした。スーパーマンのように優秀な人でも、やはり自分フィルターがあることを意識しなければ、アウトプットを誤ってしまうのです。
まずは、自分フィルターの存在を意識する。次に、複数ある自分フィルターを切り替えることを意識する。私なら、母、妻、ライター、ランナー、筋トレ民。それぞれの立ち位置の自分に、同じ問いを投げかけてみると、まったく違う答えや、思いもよらない反応が返ってくるので、異なるフィルターで思考する、いい練習になります。
そして、他者フィルターに積極的に触れる時間をもつこと。詩や短歌に触れると、「日常の景色がこの人にはこんなふうに見えるんだ!」とハッとします。最近読んだ、歌人・岡野大嗣さんの「サイレンと犀」では、なにげない一瞬が絵画のように浮かび上がってくる感覚を得て、まさに他者フィルターの世界に迷い込んだような体験ができました。
実生活では、年齢差がある人、他業種の人、国籍が違う人など、バックグラウンドが違う人たちと過ごす時間を意識的にもつこと。価値観や生活パターンがちがうほど、それぞれに異なる領土を持っているため、多くの気づきや驚きを体験することができます。
自分フィルターを調整する3ステップ
STEP 1
自分フィルターに気づく
「私はいま、どの立場・感情・経験から見ている?」
↓
STEP 2
自分の中にある複数のフィルターを切り替える
母/妻/ライター/ランナー/筋トレ民。 同じ問いを、違う立場の自分に投げかけてみる
↓
STEP 3
他者フィルターに触れる
詩や短歌、年齢差のある人、他業種の人、国籍の違う人など 自分とは違う「領土」の見え方を知る
「今一番何がしたい?」を、違うフィルターで考えてみる
フィルター 「今一番何がしたい?」
母 母離れしつつある子どもたちとの時間を大切に味わいたい
妻 子供の独立後、夫婦時間を楽しめるよう夫と共通の趣味を持つ
ライター 新たなクライアントとの仕事を創出する
ランナー 長距離練習の時間をとる
筋トレ民 HYROX(ハイロックス)に出てみたい!
「noteでは、思いのままに自己表現しよう」「クライアントへのプレゼンでは、自分独自の視点を活かしつつ、相手の領土に届く表現で伝えよう」「この表現は独りよがりになっていない?」などと、フィルターを調整し、さまざまな表現を模索するのは、豊かで面白い作業だと日々感じています。
書くことが仕事ではない多くの皆さんも、自分アカウントの発信、仕事の企画書、イベント告知、資料作成など、さまざまな書き方が必要になるシーンがあると思います。そんなときや、仕事上のコミュニケーションにおいても、この「自分フィルター」の話を思い出し、活用してみてください。AIで文章を作るときも、フィルターを意識してプロンプト作成をすると、アウトプットの精度が上がります。
私自身まだまだ、自分フィルターの狭い世界で右往左往してしまうことがあるため、自分がどんなフィルターで物事を見ているのかに気づき、相手に届くように調整を続けています。その積み重ねが、文章の伝わり方はもちろん、仕事における信頼の積み重ねにもつながっていくのだと考えています。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました!
フィルターを調整しつつ、多くの人に伝わる表現にするためにしている工夫や、他者になり替わって文章を書くとき(ブックライティングやコラムなどの執筆代行)の心得、AIで文章を作るときの注意点なども、今後まとめていきたいと思います。
