ぼくは、なぜ毎日書くのか──書くことを止めたら、何が消えるか
たまに、こう自分に問います。
「ぼくは、なんで毎日書いているんだろう?」
強いて言うなら、自分の体験を共有することで「独立できる人を増やしたい。」
仕事のためでも、お金のためでもない。
でも、書かないと、何かが減っていく感覚がある。
その感覚の正体を、今日はちゃんと言語化しておきたい。
ぼくの、書くことをめぐる、40年分の話です。
小学生:歌詞を書き起こして、配っていた
ぼくが最初に「書くことが好きだ」と気づいたのは、小学生のときでした。
毎週金曜の夜、ミュージックステーションを見ていた。
その時代、歌詞カードはCDを買うまで手に入らない。
インターネットなんて、まだなかった時代です。
ぼくは、テレビの前にメモ帳を置いて、流れる歌詞を必死で書き起こしていました。

途中で歌詞が聞き取れないと、巻き戻し。
何度も巻き戻し。
全部書き起こしたら、それをワープロで清書して、月曜日の朝、学校のクラスメイトに配っていた。
誰にも頼まれていない。
お金にもならない。
でも、書いて、誰かに渡すこと、それ自体がうれしかった。
いま思うと、たぶんあれが、ぼくの原点でした。
自分が見たもの・聞いたものを、書いて、誰かに届ける。
40年経ったいま、noteを書いているぼくは、構造としては小学生のぼくと何も変わっていません。
高校:自作詞作曲を、合唱コンクールで歌った
中学に入って、ぼくは曲を作るようになりました。
自分で詞を書いて、メロディーをつける。
高校の合唱コンクールで、ぼくは自作の歌をクラスのみんなに歌ってもらいました。

いま振り返ると、すごい話です。
誰にも頼まれていないのに、自分が作った詞と曲を、40人の同級生が歌ってくれている。
そこには、
自分の言葉が、自分の声を離れて、人の口に乗る快感
他人の体を通って、自分の世界観が空間に広がる体験
「これ、ぼくが書きました」と言えない、無名の作者感(クレジットは出ない)
があった。
このとき、ぼくは、書くという行為のもうひとつの側面に気づきました。
書いたものは、自分の手を離れて、他人の中で生き始める。
これも、いまのnoteと同じです。
書いた言葉が、楽屋メンバーや読者の中で「あの記事の、あの一行」として、勝手に生きていく。
大学:PC入手、ブログへ!
大学に入って、ぼくは本格的に「書く」を始めました。
最初は、家族共有のパソコンから。
インターネットが急速に普及し、ぼくはブログを始めました。
「はてなダイアリー」「ココログ」、その後の「ライブドアブログ」「アメブロ」。
媒体は変わりながら、ぼくはずっと書き続けていました。
書いていた内容は、いま読み返すと恥ずかしいくらい青いんですが、
当時のぼくにとって、書くことは「自分が世界と繋がる、唯一の方法」だった。
大学のサークルや、バイト先や、合コンの場では言えないことが、ブログには書けた。
そして、見知らぬ誰かが、それを読んで、コメントを残してくれた。
「あなたの文章で、救われました」
「自分も同じことを考えていました」
匿名で、顔も知らない誰か。
でも、その人たちのコメントが、ぼくにとっては、世界のいちばん大事な接点でした。
博報堂時代:自分の言葉が、消えていった
大学を卒業して、ぼくは博報堂に入りました。
13年いました。
そして、博報堂時代のぼくは、「自分の文章」を書く量が、人生でいちばん少なかった時期です。

仕事では、毎日、大量の言葉を書いていました。
コピー、企画書、提案資料、社内メモ。
でも、書いている言葉は、ぼくの言葉ではなかった。
クライアントのための言葉。
商品のための言葉。
キャンペーンのための言葉。
「ぼく」という主語で書く文章を、何年も書いていない時期がありました。
これが、本当に苦しかった。
自分の中に、言いたいことはたくさんあるのに、それを書く場所がない。
仕事の文章では、決して「ぼく」と言ってはいけない。
書く回数は、人生でいちばん多かったのに、自分のための文章は、ほぼゼロ。
このとき、ぼくは少しずつ、自分の輪郭を失っていきました。
独立後:書くを、取り戻した
40歳で独立して、最初にやったのが、ブログを再開することでした。
「ぼくは」と書ける場所を、取り戻したかった。
最初は、ぜんぜん読まれませんでした。
PVは1日10〜20。
でも、書くたびに、自分の輪郭が、少しずつ戻ってきた感覚があった。
「ぼくはこう思う」
「ぼくはこれが好き」
「ぼくはこれが嫌い」
書く行為は、自己主張じゃなくて、自分の輪郭を、自分で取り戻す作業だった。

ブログ、X、Threads、note。
媒体を変えながら、ぼくは書き続けています。
そして今日も、書いています。
書くことを止めたら、何が消えるか
ここからが、今日いちばん書きたかったことです。
ぼくが書くことを止めたら、何が消えるのか。
ちゃんと、考えてみました。

①「自分」が、ぼやけ始める
書かない日が続くと、自分が何を考えているのか、わからなくなります。
書くことは、自分の思考を可視化する作業です。
止めると、自分の輪郭がぼやけて、他人の言葉に流されやすくなる。
②「観察」が、止まる
書くアンテナを下ろした瞬間、世界の見え方が変わります。
クライアントの一言も、街の看板も、本のタイトルも、ただ通り過ぎていく。
書くことは、世界を観察する装置でもある。
③「届ける場所」が、消える
小学生のときに歌詞を配ったクラスメイト。
高校で歌ってくれた40人の同級生。
大学時代のブログの読者。
いまの楽屋メンバー、noteの読者。
書くことを止めたら、その人たちに渡す場所が、消えます。
ぼくにとって、書くことは「届ける場所を維持する仕事」でもある。
④「過去の自分」が、孤独になる
ぼくは、過去の自分が書いたnoteを、たまに読み返します。
3年前のぼくの言葉が、いまのぼくに語りかけてくることがあります。
書くことを止めたら、未来のぼくが、過去のぼくに会いに行けなくなる。
書くことは、過去・現在・未来の自分を繋ぐ、唯一の手段でもあるんです。
⑤「他人の人生」と、関わる接点が、減る
書くことで、ぼくはたくさんの人と出会ってきました。
クライアント、楽屋メンバー、X・noteの読者、たまにDMをくれる知らない人。
書くことを止めたら、これらの接点が、ほとんど消えます。
それは、ぼくにとって、社会と繋がる手段を失うことに近い。
追記:書くは、生きること
ここまで書いてきて、ようやく、自分の中で答えが出ました。
ぼくにとって、書くことは、
自分の輪郭を保つこと
世界を観察する装置を起動させ続けること
届ける場所を維持すること
過去の自分と繋がっておくこと
他人の人生と接点を持ち続けること
これら全部の合計です。
つまり、書くことは、ぼくにとって、生きていることそのもの。

小学生のとき、誰にも頼まれてないのに歌詞を配ったあのぼく。
高校のとき、自作の歌をみんなに歌ってもらったあのぼく。
大学のとき、パソコンで深夜まで書いていたあのぼく。
博報堂時代、自分の言葉を失ったあのぼく。
独立して、書くことを取り戻したあのぼく。
全部のぼくが、いまの「毎日書くぼく」に、ちゃんと繋がっています。
だから、ぼくは、書くことを止めません。
止められません。
止めた瞬間、ぼくが、ぼくでなくなるから。
ちなみに今、メインで使っているのは電子ノート。これは手放せません。
明日も書きます。
それは、明日も生きるということと、ほぼ同じ意味です。
もっと詳しいマーケティングとキャリアの話はメンバーシップ「よそおいさんの楽屋」メンバー向けに書いていきます。ぜひ🫱
