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形には残らないけど、自分にはちゃんと残ってる話

「形に残る物にお金を使った方がいいよね」

そんな話、どこかで
聞いたことありませんか?

僕はつい最近、
久しぶりに聞く機会がありました。


さらに身近な方が
似た感覚を記事で書いていたりするのを
発見したりすると、

こういうのも、また楽し。
なんて思っちゃいますね😆


さてさて本題。

この前、眉毛サロンで
施術を受けていたときのこと。

ちょっとした世間話をしてたんです。

なんの話かって、
「卒業旅行」と
「お金の使い方」の話。

施術者の方が世間話トークで
こんなことを言っていたんです。

「大学生の頃、旅行とか飲み会で
結構お金使ったけれど
どうせなら【形に残るもの】に使えば
よかったなって思うんですよね」

とのこと。


確かに確かに、

僕もnoteを始める前は、
完全に【心のアルバム派】

旅行に行っても、
写真はあまり撮らないし、
大体お金は食べ物に使うから
残ることもほとんどない。

帰ってきた頃には、
お金も、物も、何も残っていない🤣
お腹周りのお肉は残るけど

っていうスタイルだったので、
言わんとしようとしている事は
理解できます😌


ただ、ちょいと思い出したのが
去年の経験でした。

いわゆる【ゴミ屋敷】の整理に
関わったことがあるんです。

片付けというより、処分&処分。

時間も、労力も、そしてお金も、
想像以上にかかりました🫠


その経験を得た身からすると。

【形に残る物】というのは
【いつか処分しなくてはならない物】

という認識も抱いたのです。


もちろん、
受け継がれていく物もあります。


でも多くの場合は
いつか、誰かが
向き合わないといけない物。


そう考えると、

【形に残る】って
ちょっとした責任も
セットなんですよね😏


だとするならば
形に残る物は最小限、

あるいは価値と所在を
明らかにしておいて、

形には残らずとも
自分の心の中に
保存されていく事。

そんな体験や時間に
お金を使うのも、
悪くない話だな。

って思ったりもします🤭


まあ、この考え方もきっと、

年齢とか、立場とか、
住んでる環境によって
いくらでも変わるんですけどね。

僕も明日には、
全然違うこと言ってるかもしれません🤣


でもきっと、
「ああしておけばよかったな」
って思えるのは、

それだけちゃんと楽しめた証拠で。

悔いが残るというのは
次を考えられている
贅沢を味わえている。


という話かも知れませんね。


もし今、
何にお金を使おうか迷っているなら。

「物として残るかどうか」
だけじゃなくて、
「自分にちゃんと残るかどうか」

で考えてみるのも、
面白いかもしれません😉


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