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F20-7 17歳の冒険⑦ ~女神は微笑まない~


8月1日 (12日目)

平氏にあらずんば人にあらずと言われた時代があるように、時計台を見なくては北海道に来たとは言えない。
そう思っていた私は、一路札幌を目指して進んでいた。
5号線をひたすらに。
ソフトクリームを見かける度に食すものだから、今日もお腹がゆるい。今となっては、カラオケボックスに行くと食べ放題のソフトクリームをひたすら食べてもなんともない仕様になっているが、当時はまだ対応しきれていない。
家では食べられない→おでかけ→楽しい。
おそらくはそのような論法で、ソフトクリームは人の心の隙間にまでも入り込んでくる。

雨が降ってきた。
まったく雨の多い夏だ。
2階建てのプレハブ的な土木建築会社の建物があったので、鉄骨の外階段の下にとりあえず避難。
ほんのゆきずりのつもりであったが、時間が経つほどに雨足は強くなった。
「これはしばらく動けそうにないな」
私は外壁に寄りかかり、ぼんやりと雨を眺めていた。
すると、
「どん!どん!」と背中側にあったはめ殺しの窓が内側から叩かれて、少なくとも私は10センチは飛び上がったと思う。
「びっくりした!」
振り返ると、窓の向こう側に男がいて「回ってこい」とジェスチャーをしている。
勝手に雨宿りしていてまずかったかな、と私は思った。1人旅をしていると、どんどん図々しくなってくる。見つかったら逃げる、捕まったら謝ればいいという思考になってくる。
しかし、私が入口に回ってみると男は
「中で休んでいけよ」と事務所に通してくれた。
通してくれたのはいいが、そのままどこかに行ってしまった。
まごついていると、綺麗な事務のお姉さんがオレンジジュースを私に出してくれた。
そのお姉さん以外はみんな出払っているみたいだ。
親切はもちろんありがたいのだが、

けっこう気まずい。


仕事中のお姉さんに話しかけるわけにもいかないし、私は来客用のソファーに座ったまま、「鉄拳チンミ」で読んだ岩になる呼吸で気配を消していた。
私があまりに退屈そうに見えたのか、
「こっちでテレビでも観ていれば?」とお姉さんが休憩スペースに案内してくれた。
なんの番組を観たのか、さっぱり思い出せない。
手記によれば、5時になって仕事が終わったのであろうお姉さんとしばらく話をした、とある。
何を話したのだろう?
この頃の私に小粋なトークが出来たとも思えないのだが。

雨も小降りになってきた。
暗くなる前にそろそろ動き出したほうがいいだろうと私は思った。
私の野生の勘が、「この旅のラストチャンス」だと告げていた。
私はお姉さんに、
「この辺に泊まれるような公園はありませんか?」と尋ねた。

「公園に泊まるの?だったら私の部屋にくれば?」


そんな答えを期待したのだけれど、

「沼田公園があるよ」


と親切に教えてくれた。
心なしか、寂しい夜だった気がする。


8月2日 (13日目)

本州と違って、同族によく会う。
薄汚れた格好をして大きな荷物を積んでいるのですぐに分かる。
もちろん私も人の事は言えない。
白いTシャツはよれよれでペラペラになり、白と言われれば言えなくもないといった色合いになっている。
北海道で道を尋ねる時には注意が必要だ。
明らかに地元に根を下ろしている感のあるおじいさんに話しかけると、何を言っているのかさっぱり分からない。
かろうじて、「内地」という言葉が聞き取れた。
本州から来たのか?と言っているのだと思う。
多分、英語の方がまだ通じるような気がした。

タイヤのパンク修理もすっかりお手のものになった。
愛車のチューブはブラックジャックみたいに継ぎはぎだらけになってしまい、穴をふさぐシールを貼る場所がなくなるのも時間の問題であった。
長い自転車の旅に出る時には、古いタイヤチューブは取り替えておくべきである。

虹田郡洞爺湖町に入る。
海と湖に挟まれるという、沼しかない埼玉県民からすると羨ましすぎる、贅沢で美しい所だった。
せっかく北海道に来たのだからと奮発してカニ飯弁当を買って食べた。(味に関しての記述はなし)
夜になって寝床を探していると、駅の改札口の外に待合室があって、そこに旅行者なのかホームレスなのか分からない連中がたむろしていた。
無料のホテルだと私は思った。
屋根があればそれでよい。
世界は思うより気楽に出来ているものである。
私はしれっと親戚筋みたいな顔でそこに紛れ込み、何人かと雑談した後で空いているベンチをベッドにして眠った。


8月3日 (14日目)

洞爺湖に来た。
まったく、なんでもかんでも大きい。
「これが海だよ」
無垢な埼玉人であれば、何の疑いもなくその言葉を信じて生きていくだろう。
札幌市との市境の峠がまたすごかった。
この旅で最大最長のスケールの坂であった。
異常なまでに鍛え上げられた私のペダル筋を持ってしても、立ち漕ぎ界王拳30倍を使っても容易な事ではなかった。
そんな瀕死の私の横をすり抜けていった乗用車の後部座席で、10代の女の子2人が手を振ってくれた。
その声なき応援に答えようと、私はカッコよく敬礼をした。

爆笑された。


埼玉県民を代表して敬意を表したのだけれど、何かがおかしかったらしい。しかし、相手は箸が転げても笑うというほどのお年頃。仕方あるまい。
そんなこんなでようやく登り切ると、
「ここから札幌市」
そう書かれた看板があった。
私は達成感で空を仰ぎ見た。
ついに札幌にやってきたぞ。
しかし、看板にはこうも書かれていた。
「市街地まで45キロメートル」
なるほど。
中心までがその距離ということは、直径は倍ということになる。

「市」というより「県」である。


やはり北海道はでかいのだと痛感した。
そして、まずは冥界まで続いていそうな下り坂が私を待っているのである。


       つづく



~おまけ~

秋の夜長。
よろしければ2作まとめて♪











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