1ヶ月で占い師になれる — 100万円の授業料
「あなたも占い師になりませんか、最短1ヶ月」
私は売れない役者だ。
役者歴10年、いろんな役を演じてきた。
死体役、斬られ役、その他大勢、セリフのない役。
認めよう。
セリフが苦手なのだ。嘘っぽくて。
なんで役者を目指しているのか、と言われる。
ー ひと月の研修を終えた
清掃員バイトで貯めた100万円を注ぎ込んで、身につけたスキル。
繁華街の道端に、机と椅子を置いて、「占い、はじめました」と旗を立ててみる。
そんなドラマの台本を渡されたら、どう演じようか。
早速、モードに入ろうとしたとき、ケータイが鳴った。
電話はアカデミーからで、五反田にある占いBARを紹介された。
せっかくの気分を邪魔されて、つれない返事をしたものの、内心ほっとした。
翌日、私は五反田の占いBARにいた。
この店では、アカデミーの紹介先として、見習いの占い師が店員として働いている。
お客さんから「占ってよ」と声をかけられたら、酒のつまみとして、10分程度披露する。
勤務初日、私より3ヶ月前に卒業した先輩が、お客さん相手に手相を見ていた。
私は横目で、どうやるんだろうと、うかがっていた。
先輩は慣れた手つきで、お客さんの手のひらを見つめては、神妙な顔で考えている風だ。
お客さんは、何を言われるのかと待っている。
先輩はいくつか質問をした後、答えになっていないような答えを言っていた。
お客さんは反論することもなく、「ありがとう」と言って、お礼のチップを渡した。
こんなんでよいのか。
楽勝すぎる。
ただ、本物の人間に、私のモードは通用するのか。
「今日、初日の佐藤くん、よろしくね」
マスターが、常連のお客さまに、私を紹介してくれた。
「へー、新人さんか。せっかくだから、占ってもらおうかな」
「初めてなもので、どうぞお手やわらかに」
ひとときの笑顔を作った後、私はモードに入った。
死体だって、演じているのだ、できる。
私は彼の目を見てこう言った。
最近、人から認められたいと思うことはありますか」
「そうだな、そういえば、昨日、仕事でこんなことがあって‥‥」
しばらくやりとりが続き、10分のショーは終わった。
「ありがとう」
私は人生ではじめてのチップを受け取った。
「最近、人から認められたいと思うことはありますか」
「仕事は割と順調だし、プライベートもそんなに承認欲求あるのかな」
「昔に比べて、そういう気持ちを出す相手がいなくなったからですね」
「確かに、年をとると、自分に向かってくる人もいなくなるし」
「最近、人から認められたいと思うことはありますか」
「彼氏が私のことを下に見ているように感じることがあるのよね」
「過去の彼氏はどうでした?」
「確かに、そう言われると、程度の差はあるけど、基本下に見られているかも」
私の自宅の貯金箱は、500円玉でいっぱいになった。
ー 3ヶ月後
私は三田にある、転籍先のお店に向かっていた。
一度マスターに連れて行ってもらったことがある。
店のスタイルは同じだが、プロを目指して、何年も修行をしている占い師が在籍している。占い時間は20分、もらえるチップも硬貨ではなかった。
「見ない顔だね」
「今日が初出勤でして」
「それはおめでとう、せっかくだから、占ってもらおうかな」
「ありがとうございます」
ひとときの笑顔を作った後、私は五反田で磨いたモードに入った。
「最近、人から認められたいと思うことはありますか」
「あるよ、ない人なんているのかな。エゴサするタイプ」
「エゴサするときは、どんな時ですか」
お客さんと、丁寧なやりとりを続けられたものの、五反田ほどの手応えがなかった。表情で読み取れるものが少なかった。
「ありがとう」
私は二千円を受け取った。
「SATORUくん、紹介するね、こちら、五反田から来た、佐藤くん」
「はじめまして」
お互い笑顔で、軽く言葉を交わした。
私より5歳くらい年下だろうか。風貌に似合わず、礼儀正しい男だった。
「彼はこの店でNo.1、予約待ちが3ヶ月、いろいろ学ぶべきことが多いと思うよ」
マスターから勧められ、同席させてもらうことになった。
ホスト的な立ち振る舞いは、正直、感心はしなかった。
ただ、リーディングスキルには目を見張るものがあった。
そして何より、お客さんの目が生きていた。
彼の前では、何度も万札が躍っていた。
私はスマホのチャット画面に向かうことが多くなった。
お客さんを思い出しながら、問答想定を繰り返す。
それからは、練習したモードを発動し、スマートな受け答えができるようになった。
だが、スキルアップとは裏腹に、お客さんを一巡したあたりから、指名が減っていった。
ー この店で半年が過ぎた頃
久々に役者の仕事をもらい、ロケに参加してきた。
撮影が終わり、三田に向かっている途中、駅でカバンを持っていないことに気がついた。
ロケバスにカバンを忘れてきた、スマホもカバンの中だった。
幸い、財布はポケットにあったので、ひとまず、切符を買って、電車に乗った。
さすがにカバンは保管されているだろう。明日取りに行こう。
今日は前回指名してくれた、大泉さんが来る。
スマホがないので、直前の確認作業ができていない。
アドリブモードで乗り切るしかない。
「佐藤くん」
マスターが気を利かせて、大泉さんが来てくれたことを教えてくれた。
接客で動き回りながら、大泉さんの様子を、遠目に窺っていた。
機嫌がよさそうだ。
数杯飲んで、落ち着いた頃、呼び止められた。
「お願いできるかしら」
「はい、もちろん」
彼女と正対し、表情を観察しながら、モードに入った。
「前回は、ご主人のことでしたよね?今日も?」
「そうね、相変わらずだけど」
「先週の土日もずっとお出かけでしたか?」
「どこに行ってるのやら」
「探偵でも雇ったらどうです?」
「いいわね、って、あなた、占いになってないじゃないの」
「いやいや、ちゃんと占いもさせてもらいます‥‥‥」
無事、20分のショーが終わった。
「ありがとう」の言葉と、5千円札を受け取った。
その日から、スマホに相談することはなくなった。
ー 3年後
「はい、19時、待ち合わせは、田町のルノアールですね」
「明日ですか?大丈夫です」
「全日OKです、依頼が来たら、どんどん予定を入れちゃってください」
「では、終わったら、連絡入れます」
電話を切った後、田町行きの電車に乗った。
電車の中吊り広告に、「SATORU、深夜ドラマの主演決定!」の見出しがあった。
三田のみんなは元気にやっているかな。
SATORUが、お客さんを丁寧に見送りする光景が一瞬浮かんだ。
帰りに立ち寄ろうかとも思ったが、そんなモードにはならず、心の奥に閉じこめた。
田町駅に着き、指定のルノアールに向かった。
扉を開けて、店内を見渡す。
左奥の席で、白いブラウス、黒メガネの女性。
いたいた、ロイヤルミルクティで間違いない。
私は姿勢を正し、モードに入り、彼女のテーブルに向かって行った。
「お待たせしました」
「レンタル占い師、SATOHです」
