第6.5回|85分―決勝は、最後の10分ではじめて始まる。
Ⅰ|入口
決勝は、どこを見ればいいのだろう。
スター選手だろうか。戦術だろうか。それとも、一つのゴールだろうか。
もちろん、そのどれも大切である。
だが、決勝には、ときどき最後の数分だけが、それまでの八十分を別の試合へ書き換えてしまう九十分がある。
試合が終わって振り返ると、「あの瞬間だったのか」と思う時間である。
私は、この決勝がそうなると読んでいる。
だから、見る場所を一つに絞る。
85分から先である。
この連載は、試合を時間で読むための言葉を積み重ねてきた。
方向。収束。出口。反転点。
決勝は、その四つの言葉が、一つの九十分で向かい合う試合になる。
スペインは、方向を早く一本にする。
アルゼンチンは、方向が決まったあとから、別の終わり方を差し出す。
一方は閉じる。
もう一方は、閉じた試合をもう一度開く。
この大会で、その二つの時間をもっとも深く生きてきたのが、
この二チームだった。
だから、この決勝は85分から始まる。
Ⅱ|早く閉じる時間と、遅く開く時間
スペインは、時間を増やさない。
一本になった方向を、そのまま最後まで運ぶ。
準々決勝では30分に先制した。準決勝では22分に方向を決めた。
七試合を通して失点は一つだけだった。
その一つも、47分後には消し去った。(註1)
試合は早く収束し、そのまま出口へ向かう。
薄い時間とは、その設計である。
アルゼンチンは逆だ。
終わりが近づくほど、試合は別の形になる。
直近二試合で勝敗を動かした四つの得点は、すべて85分より後に生まれた。(註2)
閉じようとする試合に、もう一つの出口を差し出す。
だから、アルゼンチンの時間は終盤ほど濃くなる。
前半はスペインの時間でもいい。
60分までスペインが試合を支配してもいい。
問題は、そのあとである。
85分を過ぎた瞬間、閉じる時間と開く時間が、初めて同じラインへ立つ。
決勝が本当に始まるのは、その瞬間である。
Ⅲ|出口は、一つか、二つか
出口とは、試合の終わり方である。
出口が一つしか残らなければ、試合は閉じる。
別の出口が現れれば、試合はもう一度開く。
スペインは、一つの出口を守る。
アルゼンチンは、新しい出口を作る。
決勝は、そのどちらが最後まで残るかを確かめる九十分になる。
私は、最後に出口を一つ多く作るのは、アルゼンチンだと考えている。
Ⅳ|この読みが崩れる場所
もちろん、この読みが外れる形もある。
一つ目は、スペインが前半に方向を決め、
その方向が最後まで揺れない場合である。
そのとき決勝は、ダラスの準決勝と同じ時間になる。
一本になった方向が、そのまま九十分を閉じる。
もう一つは、反転点が三度以上現れる場合である。
そのとき決勝は、濃い時間と濃い時間の衝突になる。
今大会では、まだ現れていない型だ。
その場合、勝敗が当たっていても、私は試合の時間を読み違えている。
この連載が読み解きたいのは、結果ではない。
九十分が、どこで別の形になるのかである。
この読みが当たるかどうかは、試合が終われば分かる。
だが、試合が始まる前に、一つだけ頭の片隅に置いておいてほしいことがある。
85分から先である。
その時間になったら、スコアだけを追わなくていい。
誰がボールを持っているかだけを見なくていい。
試合は、このまま閉じようとしているのか。
それとも、もう一つの終わり方を探し始めたのか。
その変化が見えたなら、この九十分は、これまでとは少し違って見えるはずだ。
決勝は、最後の10分ではじめて始まる。
註1 スペイン対ベルギーの準々決勝は、スペインが30分に先制し、41分に追いつかれ、88分に決勝点を奪った。この失点が、スペインにとって今大会7試合で唯一の失点である。フランスとの準決勝では、22分にPKで先制し、58分に追加点を挙げた。枠内シュートは2本で、その2本がどちらも得点になった。
註2 イングランドとの準決勝では、85分に同点、90+2分に決勝点を挙げた。スイス戦では、延長112分に勝ち越し、120+1分に追加点を決めた。ラウンド32のエジプト戦では、2点差から逆転した。2点差からの逆転としては、ワールドカップ史上もっとも遅い時間から始まった逆転である。
