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祖父母と角刈り

長年同居していた父方の祖父母は、死ぬほど不仲な夫婦だった。
もう随分前にふたりとも鬼籍に入ってしまったので、”死ぬほど”というのもおかしな話だが、それはそれは仲が悪く、些細なことで激昂しては、お互い包丁を片手に、

殺すぞ!

やってみろ!

とやんちゃに怒鳴りあっていた。

そんな環境で育ったせいか、私には祖父母の良い思い出がほとんどない。
幼い頃の私はとにかく、怒鳴る大人、つまり、祖父母が怖かった。
色々と買ってもらったことも、どこかに連れて行ってもらったことも、沢山あったはずなのに、覚えているのは、いつも喧嘩をして大声で怒鳴りあっているふたりの姿ばかりだ。

良い思い出がないと、どうやら、人は人を好きになれないらしい。
思春期を迎えた頃から、私はふたりとろくに話もしなくなった。

そして、私は今でも祖父母のことが大嫌いだ。


幸いなことに、成長の過程でふたりの影響を感じたことはあまりないが、
唯一残る心の傷跡みたいなものが
怒鳴り声が異常に怖い
ということ。

自分に向けられるのはもちろんだが、
街中のどこかで誰かが叫んでいても、頭の中が一瞬で真っ白になり、どうしたらいいか分からず、恐怖で動けなくなってしまう。

それでも大人になるにつれ、街中には何かしらの理由で怒鳴っている人が案外沢山いることに気付き、少しずつではあるが、自分に関係のないものには、昔ほど怯えることがなくなった。

大声で怒鳴られて、いい気分になる人はあまりいないと思うので、傷跡というのもおこがましいほどの、些細なかすり傷みたいなものだ。


ある初夏の日、駅前で人と待ち合わせをしていると、
ひとりの男性が警察官数人に囲まれて怒鳴り声を上げていた。

なんだろう、いやだなぁ・・・。

見るともなく、そちらに目を向けると、男性は職務質問をされたことに対して抗議しているようだった。

角刈り頭に派手なジャージの上下、ビーチサンダル、片手には大きなビニール袋をさげ、額にうっすらと汗をかいた彼は、
一見したところ、
”若いことから引き続き、やんちゃ、やってます”
という雰囲気だった。

内容までははっきりとは聞こえないが、彼の怒鳴り声と、警察官たちのなだめるような、でも有無を言わせぬ重低音の声が、聞きたくなくても耳に入ってくる。

ずっと続く押し問答。

そのうち、痺れを切らした角刈りの彼が周囲にはっきりと聞こえる大きな声で怒鳴った。

いっつも、いっつも、そうなんだよ!! 
なんでだよ!!
今まで何回職質されてると思ってんだよ!
だから何度も言ってるじゃん!

俺! ジム行って、帰ってきただけなんだって!!!



ジ、ジム!!
ジャージに、汗!
片手にさげた大きなビニール袋は運動靴が入っていてもおかしくないサイズだ!!!
た、たしかに、ジム帰りに見える。


コントじゃん。

私は思わず小声でツッコんだ。



その後、すぐにその場を離れてしまったので、あの角刈りの彼がどうやって解放されたのか、はたまた、解放されなかったのか、私は知らない。

でも、あの怒鳴り声には彼なりの理由、いつもジム帰りに職務質問をされることへの怒り、があったのだなと知って、不思議と彼に恐怖を感じることはなかった。

私自身、歳を重ねて、色々な経験を積んだせいなのかもしれない。

現在の私は、怒鳴り声に怯えていた小さな私より、やんちゃに怒鳴りまくっていた祖父母の年齢の方がよっぽど近くなった。
今なら、その怒鳴り声の裏に、幼い私には見えていなかった何らかの理由があったのだろうと想像できる。

もっと理由を知っていたら、もっと話をしていたら、祖父母を嫌いにならなかったのかもしれない。

理由を聞いて、
コントじゃん!

と面白おかしくツッコむことすらできた気がする。

今ならきっと、ふたりの話に耳を傾けることができるのに、
もう、その声すら思い出すことができない。

それでも、やっぱり、祖父母を好きになることはないけれど。

駅前で角刈りの彼に遭遇したあの日、
祖父母がこの世を去って以来初めて、
ふたりの声を聞きたいと思った。



#モノカキングダム2024