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【オトナになることのうた】米津玄師 その4●子供の頃を思って書かれた「パプリカ」

えーと。
新年会の帰りですが、投稿します。ひさびさにいろんな人と会ったな。
話題もたくさん。イ・パクサの話が出たり。TVKの豊富なアーカイブのこととか。

こないだ買い物でキャベツを手にしたら、一個まるまるで300円(税別)。千葉県産。良心的なほうですよね。近所のミニスーパーでは、その半分のサイズで298円だったので。
などと思ってたら、ちょっと前には1玉980円のキャベツもあったと? ほんとですか。


かたや本業ではいろいろ取材仕事をしていて、それを原稿にまとめたりする日々です。まあ普通ですね。ありがとうございます。

そうだ、ヘルシンキのレポが公開されました。
彼らにはぜひ成功してほしいところ。いいバンドだと思います。


そんな日々の中、ガガガSPのベーシスト、桑原康伸くんが亡くなったとの報を聞きました。悲しい。
彼はメンバーの中でも遅い加入で、いじられキャラでもあって。僕は取材や現場で何度か話したり会ったりしたものでした。

どうか安らかに。

昨夜は家族で、もっち~フェスというイベントに行ってきました。児童養護施設の活動についての催し。楽しかったです。


ライヴもありで、ひさびさに観た井上苑子、堂々たるパフォーマンスの川崎鷹也、あたたかさで会場を包んだHYなど、充実していました。あ、はなわも。
イベントの最後には出演者総出と会場中で「パプリカ」が唄われました(昨年もそうだったらしいですが)。あたたかい3時間でした。

そして、米津玄師の4回目を書きます。

童心あふれる名曲「パプリカ」の誕生


話はその「パプリカ」から。

2018年、米津玄師は「Lemon」を大ヒットさせる。


これによって完全に時の人となったわけだが、彼はこの時期、そうしたものとはやや異なる動きもしていた。
子供たちのユニット、Foorinに「パプリカ」を書き下ろしたのだ。

「パプリカ」はNHKの2020応援ソングで、つまり東京2020……東京オリンピック(五輪)に向けて書かれた歌である。
米津はこの歌の制作やプロデュースのみならず、唄って踊る子供たちの選考に参加するなど、このプロジェクトに全面的に協力していたようだ。

次のインタビューでは、子供たちについては『ワンピース』のルフィ海賊団のようなイメージがあったという話までしている。そう、ここでも『少年ジャンプ』である。


(前略)
その5人を通して、最終的には自分が5人と同じくらいの年頃のころを思い浮かべて自己投影をしていった感じですね。子供の頃、おじいちゃんおばあちゃんの家が徳島にあって。そこは本当に山の中で。いろんなことを山で教えてもらった気がするんですよね。自分の音楽がどこからやってきたのかを考えたときに、最初にたどり着くのはそこなんです。小学生のときに山で遊び回ったり、川で泳いだりしていた。そういうときの記憶が最初にある。そういうことを、あの5人を見て思い出したんです。

――子供の頃に好きだった音楽も思い返したりしましたか?

そうですね。小学生のときに見ていた番組とか、その時に聴いていた音楽っていまだに覚えてたりするんですよ。今になって聴き返したりすると、結構、大変なことをやってたりするんですよね。ある種のサブカルチャーのニュアンスというか、作ってる側が面白いと思っているものを、子供におもねるんじゃなく、ちゃんと提示していた。そういうものを受け止めてきたんだなということに最近気づいたんですね。だからこの曲でも、自分の中にある美しいと思うものを、子供におもねるわけではなく、子供と同じ目線に立って作るのが大事だと思って。そういう上手いバランスで作ろうと思いました。

この中では、こんなふうにも語っている。

子供の頃に見ていたものに祝福されながら、それが今作っている音楽に還元されているわけだし。そういう小さな物語、小さいものを作ろうとしたんだと思います。


小中学生の子供たちという、自分よりもずいぶん下の世代、というか、次の世代の人たちを対象に見る目線は、当然ながら、かなり大人だ。この前まで自分の中にあった少年性に対して向き合うことに必死だった人とは思えないほどに。

「パプリカ」は童心があふれる素晴らしい歌だと思う。僕は自分の子供の活動の場であったり、あるいは昨夜のような福祉の関係だったりのところで、この歌を頻繁に耳にしたし、今でもよく聴く。本当に全世代に、万人に愛されている曲だ。

それを作り、子供たちとともに世に送り出したのが、自分の中の屈折や鬱屈に長らく立ち向かいながら音楽活動を続けていた米津であることは、とても意義深いことのように思う。
違う見方をすれば、少年期の自分に必死に意識を向けながら真摯に音楽を作ってきた彼だからこそ、書けた曲ではないだろうか。

「TEENAGE RIOT」、そして5作目のアルバム『STRAY SHEEP』


しかしこれで収まらないのが米津玄師で、そこにこのアーティストの業の深さを感じる(褒め言葉である)。それが同じ年の秋に出たシングル「Flamingo/TEENAGE RIOT」だ。

とくに「TEENAGE RIOT」について、僕は【年齢のうた】で取り上げている。この中では、僕がそれまでの米津について感じていたことや、2018年12月のザ・ウィークエンドの幕張公演のフロントアクトで彼を観たことも、ちょっと触れている。

自分の過去をテーマにしているという「TEENAGE RIOT」については、重複になるので、今回は深くは取り上げない。

ただ、この時期の……つまり「パプリカ」を書いたあとでもこうした曲を書くのは、やはりこの人が抱えているのはただならぬものであることを強く感じる。何しろ「中二病」についても言及しているのだから。

ただ、過去の自分に向けては、ここでは肯定感のほうがあることを明言している。

この後、米津は本当に国民的に知られるアーティストへとなっていった。そこには「パプリカ」が長く広く支持されていることや、それに「Lemon」のビッグヒットも大きいだろう。
2020年には、これもオリンピック絡みで、嵐に「カイト」を書き下ろしている。

その2020年の8月には『STRAY SHEEP』をリリース。

先ほどの「TEENAGE RIOT」や米津版の「パプリカ」も収録されている。

この時期の米津には、それ以前の、まるで熱病のような少年時代への愛憎入り混じったような執着は、だんだんと薄れる傾向に入っているように、僕は感じた。

その頃、彼は29歳になっていた。


<米津玄師 その5 に続く>


新宿・山吹町のBASSOにて
中華そば、900円。
醬油ベースで麺も味わいあり、
クオリティの高いお仕事です

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