【オトナになることのうた】imase●思い描いた大人って?「僕らだ」と「18」
諸事情があり、おとなしく年始を過ごした青木です。遠出もしていないです。ま、しゃーない。
松重豊さんに会ったぐらいですね。会ってないけど。

ところで前回で言及した紅白の米津玄師の撮影は、本番のちょっと前だったとの情報が……うぬぬ。読みが足らんかった~。すみませぬ。
しかしあの1曲(とミニドラマ)のために脚本書いて12月の名古屋で場所を押さえて、そこに俳優やダンサーといった出演者と大勢のスタッフを集めて、数秒しか映らなかった花火まで上げたのか。たいへんな予算と手間。
それから紅白ではB’zがどうこうという議論があったの? 知らんかった~。
まあダサいかどうかを基準に音楽を聴いてたような人は、そもそも昔は紅白なんて観てなかったはずです。てことは、その人たちは、今は観てるわけ? 紅白。そっちが気になるわ。
ちなみに僕はB’zの仕事を少しだけしたことがあります。ベストアルバム2作のライナーノーツを執筆しました(半分ほどですが)。
この頃に雑誌媒体で稲葉浩志インタビューもしましたね。松本氏には一瞬だけごあいさつをしています。
そういえば90年代にB’zが好きな友達がいたな~。元気かな。
それはそうと、おとなしくしてる生活の中、うちの家族でカラオケに行きました。いきなり行ったので、深く考えず選んで唄いまして。その自分の分のセトリ(と言うのか)です。
第ゼロ感 / 10-FEET
Bling-Bang-Bang-Born / Creepy Nuts
BEGGIN’/ MANESKIN
SOUL LOVE / GLAY
バラ色の日々 / THE YELLOW MONKEY
ゴーゴー幽霊船 / 米津玄師
ROCKS / PRIMAL SCREAM
FLY AGAIN / MAN WITH A MISSION
リライト / ASIAN KUNG-FU GENERATION
うーん、カラオケは、ヴォーカリストのみなさまの歌のすごさを認識するばかりですわ……精進しないと。自分の歌を(ちょっと違う)。
ちなみにアジカンは昨年末のうちにツアーのライヴレポを書いたのが公開されてました。ぜひ。
最近のライヴ観覧は……MJレンダーマンのファンミーティングというか、フリーライヴに行きました。アメリカのバンド、ウェンズデイのギター弾きの彼ね。年始に良き音色でした。
それでは今回は、imaseの歌について。
新世代の宅録アーティスト、imase
僕がimaseというアーティストを意識したのは、2022年8月に配信された楽曲「NIGHT DANCER」からである。当時この歌がヒットしたことで、音楽ファンの間で彼への認知はかなり広まったはずだ。
初めて聴いた時は、新手のシティポップのシンガーかと思った。しかし実際のところはちょっと、いや、かなり違っていた。
自分が知った頃のimaseはまだ二十歳ぐらいで(生まれたのは2000年の11月)、それもベッドルーム・レコーディング、つまり自宅録音をベースにしながら制作をしてきた人だという情報を得た。その時に惹かれたのは、宅録にしては音がかなり洗練されていることと、何と言ってもポップで聴き心地がいいことである。ヴォーカルではファルセットをうまく活かしていることがポイントだと感じた。
このことは過去の楽曲を聴いても同じように思った。しかも音楽性は第一印象のシティポップという呼び方に収まるものではなく、もっと幅広いものである。
これは一般論のような範疇になるが、若いうちからひとりで宅録をしてきて、しかも個性が強いアーティストは、ほとんどが作品の中にどこかしら後ろ暗さだったり、そうでなくても内向的な感覚が宿っているものである。それがimaseの楽曲は、内省的ではあるものの、内向的だとは感じなかった。全体的に開けた感触がある。
このことはほかの人も感じているようで、昨年4月のこのインタビューには、こんなやり取りがある。
──お話を聞いていると、imaseさんの人間性に鬱屈したところを感じないんです。それが音楽性にも表れているなと。
いしわたり淳治さんも、そうおっしゃってくれていました。僕に限らず最近のミュージシャンは、ナチュラルな「音楽を作りたい」という気持ちだけでやっている人が多いのかもしれないですね。それが楽曲にも反映されている気がします。
となると、以下の見方は旧世代的な考えかもしれないが、あえて書いておく。
宅録……DTM、それにボーカロイド。そういったものに傾倒するアーティストの多くは、心のどこかしらに闇を抱えていて、そのツラさ、しんどさを吐き出すように音楽に向かう傾向がある。もちろんそれぞれにタイプは違うものの、ざっくりとでも、そうした流れがあるのは間違いないと思う。
たとえば初期の米津玄師にはネガティヴな気持ちから発しているイメージがあったし、神聖かまってちゃんなんて心の闇がめちゃめちゃ深い。
僕自身、宅録系やボカロのアーティストに取材をしたことがあるが、総じて性格的にはあまりオープンな人がいなかった。そのためインタビューの際には、こちらの近づき方を間違えると猜疑心を持たれかねないし、相手によってはどのぐらいちゃんとしゃべってもらえるのかが読めないな、と思いながら臨んだものだ。幸いにも、そこまで心配するほどではなかったことばかりだったが。
ただ、場合によっては、人と話すこと自体が苦手というアーティストもいる気はする。そうそう心を開こうとしないとか。
僕が、imaseというアーティストはちょっと違うなといっそう強く感じたのは、2023年の夏、サマーソニックでのステージを観た時だった。そこで「NIGHT DANCER」はもちろんパフォーマンスしてくれたし、生の場での彼はオーディエンスを特段に煽ることもなく、かと言って決して冷めているのでもなく、とてもしっかりとした、誠実なライヴを見せてくれた。そして何よりも、その演奏する空間のオープンな雰囲気に、宅録アーティストとしては異質なほうではないか、と感じたのだ(なお昨2024年のサマソニでも、ほんの少しだが、彼を観ることができた)。
今回そんなimaseの過去を翻ろうとさまざまなインタビューを読んだのだが、学生時代はサッカー部だったとか、高校卒業後は岐阜の実家の家業を継いでいたとかはよく語られているものの、この人のイメージがひっくり返るほどの話には出会えなかった。『月刊Myojo』(そう、あの『明星』である)で読んだ、一昨年の3月に岐阜から上京した際、新居に洗濯機を届けてもらうはずが実家に届けられてしまい、やむなくコインランドリーを利用することにしたというエピソードにウケたくらいである。
22歳の時、大人になることを唄った「僕らだ」と「18」
そんなimaseに、大人になることについて唄った曲がある。
まずは2023年2月、およそ2年前にリリースした「僕らだ」。
ポップで、とても風通しのいい曲である。そして<思い描いた大人>への戸惑いを見せながら、現在の自分を肯定する歌詞のポジティヴさはimaseというアーティストの印象と符合している。
実はこの曲はタイアップに合わせて書かれたものだ。NTTドコモのahomoが新成人に向けたメッセージ「大人なんて、ほんとはいない」という広告とともに世に出た曲なのである。
■imaseコメント
新成人の皆様おめでとうございます!
今回「大人なんてほんとはいない。自分になろ。」というテーマを元に「僕らだ」という曲を書き下ろしました。
僕自身も2年前に成人したばかりなので、テーマに共感しながら制作することができ、素直に思っていたこと、感じたことを曲にできたのではないかと思います。
大人ってなんだろう?と考えさせられる作品になっているので、是非映像と音楽を一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです!
あまりにも自然体なコメントに、むしろ驚く。
大人になることには、本当はさまざまな意味合いがある。ここでもしょっちゅう書いているが、責任が増え、義務も増え、社会的な立場とか、プレッシャーとか、いろいろなものがのしかかってくる。だからこそ古今のいろんなシンガーやアーティストがそのことについて唄ってきているわけである。
ただ、もともと、この広告自体が「大人なんてほんとはいない。自分になろ。」と、そうした抑圧的な要素を解放したところから発案されている。そして今どきの子には、このぐらいの軽やかなメッセージがちょうどいいということも理解できる。現代の若い子は、押し付けられるような言葉や考え方を敬遠しがちだからだ。
そんなタイアップ元の背景もあって、これがimaseというアーティストの世界に見事に映えていると思う。
さらに驚くことにimaseは、2年前のこの時期は毎月のように新曲をリリースしていて、「僕らだ」の2ヵ月後には「18」という楽曲を出している。なんと、これも大人になることをテーマにした歌なのだ。
そう、年齢ソングである。「18」は、やはりポップでナチュラルでポジティヴな歌で、そしてこれまたタイアップ曲。今度のクライアントはサントリーだ。
■imase コメント
「18」は04世代の皆さんが少しでも大人になることに対して、ポジティブに、そして楽しみな気持ちを待って欲しいという思いを込めて作った楽曲です。様々なイベントが中止となり、期待していた青春を送れなかった方も多いかと思います。ですが、体験できなかったこと、まだ知らないことはマイナスではなく、楽しいことがが誰よりも待っているんだ、と前向きに捉えて、大人を楽しんで頂けたらと思います!
ちなみに04世代というのは、2004年4月から2005年3月までに生まれた人を指すとのこと。コロナ禍が直撃した年齢であり、その点ではほかの世代とは違う青春時代を送った若者になる。ちょうど今、成人式を迎える人たちか。おめでとうございます。
そしてimaseは、この曲もタイアップのオファーに対してきっちりと応えながら、彼自身の世界に落とし込んでいる。そのバランス感覚には恐れ入るばかりだ。
とはいえ、この2曲を発表した頃のimase自身はまだ22歳。昔ならともかく、今の時代の22歳なら、大人になるということをそこまで強く意識する必要もないはずである。もっとも18歳成人が施行されたあとの世代なので、そう言い切れないところも多少はあるかもしれないが。
いずれにしても僕が思うのは、おそらくこの2曲ともタイアップがあったから生まれたものではないかということ。それゆえに彼は大人になることというテーマで作品を作ったのであって、本人のリアリティとしては、(少なくともタイアップの依頼が来るまでは)そこまで強く突き詰めたいことではなかったのではないかと想像する。
ただ、さらに勝手に深読みをすると……imaseが岐阜在住の頃に家業を継いだ時期があったことや、それから音楽活動を本格化させ、ちょうどこの2年ほど前に上京したこと、プラス、それ以降にアーティストとしての動きを活発化させていったことなどを思うと、彼自身はこの社会の中で仕事をする、自分の能力を活かしながら生きていくことについては、かなり自覚的な人生を送ってきたのではないか?と思う。だからこうした歌を作り、唄えたのではないだろうか。
imaseの歌やサウンド、それに言葉は、決して重くない。こちらの身にズシリと刺さったり、心を引き裂かれそうな、叫びのような感情も見えてこない。そう、それこそ米津やかまってちゃんのようなものは。
ただ、それはそれでこのアーティストにとっての切実さだと感じるし、彼はそこでしっかりと前を向きながら音を作り、歌を唄っている。そんな姿が見えるのだ。
それに現代はほんとに、大人になることをプレッシャーだの何だのということは意識したりせず、それぞれが自分なりの生き方を見い出すことのほうがいいようにも思う。
imaseは昨年、デビューアルバムをリリースした。
自らを凡才と言ってしまうあたりに、むしろ非凡さを感じる。この人のクールネス、客観性は、ものすごく武器だ。だからこそタイアップにも順応できるのだろう。
そしてこの1月9日にもニューシングルをリリースする。
これからのimaseがどんな大人に、そしてどんな大人のアーティストになっていくのか、楽しみだ。

天丼弁当、600円。
老舗の味をお持ち帰りで堪能しました
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