2万円の女
「これ、受け取って。」
男の手に握られていたのは、2枚の1万円札。
¥20,000
これが自分につけられた、初めての金額だった。

憧れていた東京の大都会。
汐留の高層ビル群は、薄暗く青みがかった曇り空から、夜の景色へと移り変わろうとしていた。

◆「将来は絶対に都会で生活する」
地方都市の中心市街地にある大学。
ここに行きさえすれば、そこそこ恥ずかしくない学歴がつく。
魅力度ランキング最下位を連発する県の、さらに閉鎖的な田舎町で生まれ育った私は、地元から出たい一心で、某政令指定都市にある大学への入学を掴み取った。
念願叶って手にした、都会での学生生活。
特に学びを深める意欲などないその生活は、
2年と待たず
「いかに効率よく単位を集めるかのゲーム」
と化していた。
イメージだけで入った研究室の勉強は、ひたすら退屈。
当時の私は、授業が終わると、
脇目もふらず大学前のバス停に向かい、
付き合っていた彼氏の、6畳一間のアパートに週5で通うという
これ以上ないほど怠惰な学生生活 を送っていた。
小学校から高校まで、人より多少成績がいいことぐらいしか自分を肯定できる要素がない、不器用で根暗な女。
大学に入って初めてできた彼氏との同棲ごっこは、
悲しいかな、学業の何百倍何千倍も楽しかった。
ゆくゆくはこの彼氏と結婚して、その庇護のもとでのんびり暮らす。
脳内お花畑の私は、彼との明るい将来を確信していたのだった。
そう、フラれるまでは。

◆人生で一番、竹内まりやを聴いた
その日、毎日の日課となっている彼氏からのメールがなかなか届かないことに私はいらだちを覚えていた。
時はガラケー全盛期。
幾度となく、「センター問い合せ」をしては、彼からのメールが届かないか確認を繰り返す。

~♪
聞きなれた、着メロの1音目とバイブの振動。
0コンマ1秒で、慌ててケータイを取り出しパカっと開く。
そこに書かれてあったのは
「ちょっと距離を置きたい。」
という彼氏からのメッセージ。
いてもたってもいられず、私はタクシーを捕まえ、通い慣れた彼氏のアパートへと車を走らせた。
息を切らして、持っていた合鍵で彼の家に入る。
薄暗い、散らかった部屋。
台所のシンクには、油まみれのフライパンとインスタントラーメンの残りが無造作に置かれたままになっていた。

さっきまで寝ていたのだろう。
髭も剃らず、髪もボサボサな状態でパソコンの前に座る彼の顔は、ディスプレイの明かりでぼんやりと照らされ、
どこかもう、自分が知る男ではなかった。
彼は鬱陶しそうな表情で私を一瞥したかと思うと、
ただ「別れたい」とだけ、告げたのだった。

生まれて初めての失恋。
その後私は丸2週間一歩も外に出ることなく、部屋に引きこもって泣き続けた。
“竹内まりや「元気を出して」を、世界一聴いた人選手権”
があったら、私はまちがいなく優勝するだろう。
◆そして始まった就活戦線
竹内まりやの歌詞に勇気をもらい、私は周囲の学生たちに倣って就職活動を始めることとなった。
キャンパス内では、様々な情報が飛び交うようになる。
・自己分析
・自己PR
・インターンシップ
・OB訪問
・合説(合同説明会)
・リク面(リクルーター面接)
・四季報
・企業分析
・エントリーシート
・お祈りメール etc.
そう、当時はまだ「ガクチカ」なる言葉はなかったのだが、就活戦線を勝ち抜くため、まずは「情報網」と「人脈」が必要だというのは、
ネットや先輩からの情報で見聞きしていたことだった。
男にうつつを抜かしていたこと以外、大して打ち込んだことなどない学生生活。企業にアピールできることなど、何一つない私は、すぐに行き詰まってしまった。
そんなときに出会ったのが、ネット上のとあるブログ。
キャリア教育が専門だという男性が運営するそのブログは、
悩める就活生の相談に丁寧に乗るという形で、情報発信をしているものだった。
そこに書かれていた文章や、回答内容に感銘を受けた私は、
ブログの問い合わせフォームから、自己分析の相談などに乗ってもらうようになっていた。
なんだかよくわからない就活も、この人がいれば何とか乗り越えられるかもしれない。
いいメンターを見つけたと思い、何度となくメールのやり取りをしていたある日、そのブログ主から思いがけないメールを受け取ることとなる。
「ひとつ聞いてほしい。これまで一緒に自己分析をしてきたが、キミは一度東京に来るべき人間だ。ホテルも飛行機も用意する。だから一度、僕と面談してみないか。」
東京のビル群で颯爽と歩くキラキラしたOL。
私が幼い頃から憧れていた女性像。
ひょっとしたら、東京での就職が叶うかもしれない。
こんなチャンスは、ない。

もしもドラえもんのタイムマシンがあったなら、
私はドンキで売ってるバカデカいハリセン片手に、
当時の自分を殴り倒しにいくつもりだ。
お前、本当にバカだな
と。
純粋すぎた私は、メッセージをもらったその日に、
生まれて初めて飛行機のチケットを買うという経験をし、
次の週には初めて一人で東京の地を踏むという大冒険をすることになった。
ブログ主に指定された待ち合わせ場所は、
JR品川駅。
田舎育ちの人間でも、一度は聞いたことのある「品川」という言葉に、私は非常に浮き足立っていた。
品川?え、あの品川?あの有名な山手線の?
神様、仏様、ご先祖様、本当にありがとう。
どうか、東京で働けますように・・・!
待ち合わせ時間に現れたのは、聞いていた年齢よりも若干歳を重ねた男性だった。
スーツ姿で、少々奇抜なデザインの車で現れた彼は、田舎から来た芋女を哀れに思ったのだろうか
「東京、初めてなんでしょ?いろいろ見せてあげるよ」
と、東京タワーやレインボーブリッジ、銀座の高層ビル群など、車をいろいろ走らせてくれた。
ブログ主は最後、面談を行うためにとったという汐留のホテルに車を停め、
「これ、受け取って。少しだけど。」
と2万円を渡してきた。
戸惑う私を見るや否や、さっと私の手を握り締め、覆い被さってこようとするブログ主。
さすがの私も、ここで初めて
自分、マジでアホだ
ということに気が付いた。
幸いなことに、私は彼から実際の勤め先や
勤め先のHPに掲載されている彼の社会的身分の詳細について開示を受けている。
ひとまず私が同意さえしなければ、なんとかなる状態だと思っていた。

2万円。
それは、私がはじめて男性に提示された「値段」。
世の中には、身体を売って生計をたてるような職業があることは知ってはいたけれど、自分がそのような局面に立たされるとは思いもしなかった。
結論だけ言うが、私はブログ主から渡された2万円をなんとか押し返すことに成功した。

東京で生き抜くというのは、こういうことなのだ。
私はその日、新宿で一泊3千円ほどの安いホテルを急いで探し、これはこれでスリリングな経験をしたのだが、
帰りの飛行機の中で聴いた竹内まりやの歌声は、
とてつもなく私の心に沁み渡った。
あなたの小さなmistake
いつか想い出に変わる
大人への階段を
ひとつ上ったの
生きていくということは、簡単ではない。
皆それぞれに、歯を食いしばってこの世を生き抜いている。

けれど、人生はきっと私が思うほど悪くない。
背筋を伸ばし、元気を出して、
笑顔見せて突き進むのだ。
こちらの作品は、レンタル無職ズボラ(レンタル無職ズボラ|note)さんの企画への応募作品です。
素敵な企画に、最大限の敬意と感謝を込めて。
最後までお読みいただきありがとうございました。
葉子
#はじめてのお金
いいなと思ったら応援しよう!
皆さまとのつながりに感謝しております。