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映画職人の矜持と、一人の女優の覚醒 野村芳太郎監督と『五瓣の椿』

先日、『映画の匠 野村芳太郎』を読みました。

野村芳太郎監督といえば、『張込み』『砂の器』『八つ墓村』『鬼畜』『事件』などで知られる、日本映画を代表する名監督の一人です。

けれど、この本を読んで改めて感じたのは、野村監督は徹底した映画職人だったのだということでした。

アクション、コメディ、メロドラマ、時代劇、サスペンス、社会派ドラマ。どんなジャンルであっても観客を楽しませることを第一に考え、会社の要請に応えながら全力で作品を作り続けた人でした。

代表作は何ですかと問われても、「自分にはわからない」と答えたという野村監督。

どの作品にも全力を注ぎ、夢中になって撮った映画ばかりだからこそ、一つだけを選ぶことはできなかったのでしょう。そんな野村監督の仕事の中で、私が改めて観たくなった作品があります。

復讐したからといって、愛する人が戻ってくるわけではない。それでも復讐せずにはいられない、おしのという娘の汚れなき魂と峻烈な情念。その迸りを鮮烈に描いた名作『五瓣の椿』(1964年)です。

山本周五郎の名作を映画化したこの作品は、一人の娘の復讐を描いた時代劇でありながら、単なる復讐譚には終わりません。

愛する父を裏切り続けた母への憎しみ。自らの血に流れる母の業への嫌悪。そして復讐を遂げても消えることのない心の痛み。主人公おしのの激しく揺れ動く心と純粋さが、全編を貫いています。

この作品で主演を務めたのが若き岩下志麻でした。当時の岩下志麻は、まだ大女優と呼ばれる存在ではありません。

松竹の城戸四郎社長は、「岩下志麻を大スターにする作品を作れ」と野村監督に命じます。野村監督は撮影準備の段階から岩下志麻を打ち合わせに同席させ、「この映画は君のための映画だ」「君をスターにするためのものだ」と繰り返し語りかけたそうです。

しかし撮影が始まった当初、岩下志麻はまだなかなか仕事に集中できず、撮影が終わると友人たちと遊びに出かけたりしていたそうです。

それを見ていた母親役の左幸子から、「あなたはこの大作の主役なのよ。もっと俳優という仕事に責任を持たなければダメ。そんなことでは私は相手はできません」とキツく言われたそうです。

岩下志麻に一日も早くプロの俳優として目覚めてほしい。そんな先輩としての熱い叱咤だったのでしょう。岩下志麻はその言葉に大きな衝撃を受け、俳優としての自覚を深めていきます。そして、この作品をきっかけに押しも押されもせぬ大女優への道を歩み始めたのです。

『五瓣の椿』を観ると、その瞬間が確かに映っています。

田村高廣、伊藤雄之助、加藤嘉、岡田英次、西村晃、左幸子、加藤剛といった名優たちを相手に、一歩も引かない岩下志麻の存在感は圧巻です。

また、川又昂による美しい撮影、松山崇らによる豪華な美術、芥川也寸志の流麗な音楽も見事で、163分という長さをまったく感じさせません。

野村監督は特異な映像技法を誇示するタイプの監督ではありませんでした。けれど、俳優の魅力を引き出し、物語を最後まで面白く語り切る力は抜群でした。

だからこそ松本清張作品も、『張込み』から『砂の器』『鬼畜』『疑惑』に至るまで、多くの傑作を生み出せたのでしょう。

『映画の匠 野村芳太郎』を読んで感じたのは、野村監督が映画そのものだけでなく、映画に関わる人々を深く愛していたということでした。撮影所を愛し、俳優を愛し、スタッフを愛し、そして何より観客を愛していた。

だからこそ、その作品群は今観ても古びることなく、私たちを楽しませ続けてくれるのだと思います。

『五瓣の椿』は、その野村芳太郎という映画人の誠実さと情熱、そして岩下志麻という大女優誕生の瞬間を刻みつけた記念碑のような作品です。

いつの日か4Kデジタルリマスターで蘇り、多くの映画ファンに再発見されることを願っています。

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