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人生の終わりに初めて生を知った孤独な教授 ルキーノ・ヴィスコンティ監督『家族の肖像』

初めて観た時から、ずっと心に残り続けている映画があります。

物語以上に、画面に漂う静かな孤独や、言葉にならない哀しみが、深く心に刻まれました。それは、ルキーノ・ヴィスコンティ監督『家族の肖像』(1974年)です。

《スタッフ》
◎監督:ルキーノ・ヴィスコンティ
◎脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ、エンリコ・メディオーリ
◎撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス
◎音楽:フランコ・マンニーノ
《キャスト》
◎バート・ランカスター
◎ヘルムート・バーガー
◎シルヴァーナ・マンガーノ
◎クラウディア・カルディナーレ
◎ドミニク・サンダ

この作品には、死を強く意識しながら映画を撮っていたヴィスコンティ自身の思いが、痛いほど滲んでいます。

『ルートヴィヒ』撮影中に脳血栓で倒れ、左半身麻痺という重い後遺症を抱えたヴィスコンティ監督。車椅子で現場に立ちながら、それでもなお映画を撮り続けた。その執念の果てに生まれたのが、この『家族の肖像』です。

舞台はローマの大邸宅。18世紀の絵画や美術品に囲まれ、静かに暮らす孤独な老教授。彼の唯一の楽しみは、“家族の肖像画”を収集することでした。

けれど現実の彼には、家族はいない。人との関わりも避け、まるで時間から取り残されたように生きているのです。

そんな閉ざされた空間へ、突然入り込んでくるのが、シルヴァーナ・マンガーノ演じる傲慢な公爵夫人と、その娘、婚約者、そしてヘルムート・バーガー演じる謎めいた青年コンラッドでした。

彼らは教授の静かな日常へ土足で踏み込んできます。最初、教授は強い嫌悪感を抱いています。しかし次第に、コンラッドという青年に惹かれていくのです。

ヘルムート・バーガーが本当に美しいんです。危険で、退廃的で、どこか壊れている。けれど同時に、少年のような純粋さもある。ヴィスコンティ作品の中でも、彼ほど“滅びの美”を体現した俳優はいないのではないでしょうか。

コンラッドは1968年の学生運動世代。政治に怒り、社会に絶望し、行き場を失った若者です。一方、教授は、芸術と知識の世界へ閉じこもり、現実社会との接触を避けてきた老人。

つまりこの映画は、過去と現代、静寂と混沌、そして知識人と行動する若者という、相容れない価値観が激しくぶつかり合う姿を描いた作品でもあるのです。

私が何より胸を打たれるのは、中盤の晩餐のシーンです。政治や思想を巡って激しく言い争う若者たちを前に、教授は静かにこう呟きます。

「私は諸君を通じて初めて〈生〉を知った」

この一言に、この映画のすべてが凝縮されているように思います。それまで“生きている”ように見えた教授は、実はずっと、人生の外側に立っていた。学問と芸術に人生を捧げ、静かに老いていった。

けれど彼は、人と真正面からぶつかり合い、傷つき、怒り、愛し、生きるということを、どこか恐れていたのかもしれません。だからこそ、騒々しくも愚かな若者たちによって、初めて孤独の殻を破られていくのです。

『家族の肖像』というタイトルも、とても象徴的です。

教授は家族の肖像画を集めていました。けれど彼自身には、本当の意味での家族が存在しない。そんな彼が最後に出会った“疑似家族”こそ、この侵入者たちだったのです。

だからラスト近く、コンラッドが残す「あなたの息子より」という言葉が、あまりにも切ない。

教授は、人生の終わりになって初めて、“誰かと繋がる痛み”を知ったのかもしれません。

この映画全体には、ヴィスコンティ自身の人生を見つめ直すような思いが滲んでいる気がします。若い頃には社会への強い関心を作品に込め、晩年には滅びゆく美や人生の終焉を見つめる作品へと向かっていったヴィスコンティ。

『家族の肖像』は、そんな彼が、自分自身に向かって問いかけた映画なのではないでしょうか。「私の生き方はこれで良かったのだろうか」と。

そして何より素晴らしいのは、その問いを包み込む映像の美しさです。パスクァリーノ・デ・サンティスによる撮影は、室内劇でありながら、まるで一枚一枚が絵画のよう。重厚な家具、柔らかな光、古い壁の質感、人物たちの配置…。

ヴィスコンティは、滅びゆくものを、誰よりも美しく撮った監督でした。だからこの映画には、死の気配が漂っているのに、不思議なほど気品があるのです。

『家族の肖像』は、静かに人の心を見つめ続ける映画です。けれど観終わったあと、静かな孤独だけが長く胸に残ります。

人生の終わりに、人は何を後悔するのか。
知識や芸術だけで、本当に人は満たされるのか。

ヴィスコンティは、この映画で、そんな痛切な問いを静かに投げかけています。だから『家族の肖像』は、観終わったあとになって初めて、その静かな哀しみと後悔が、胸の奥でゆっくりと広がっていく映画なのだと思います。

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詩音悠(しおね ゆう) よろしければ応援お願いします!

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