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ペンネームで生きていける、noteの世界がスキ


このnoteは、ペンネームをつかって書いている。

ペンネーム=文章を書くときに用いる本名以外の名前のこと。

フォロワーさんの9割くらいも、おそらくペンネームな気がする。本名でお仕事をしていたり、ビジネスとしてnoteを書いている方は、フルネームで登録していることが多いかもしれない。



わたしにとって、「ゆうあん」というペンネームで生きられるnoteという世界は、すごく居心地がいい。

noteをはじめて3ヵ月が経ったけど、いままでに一度も「本名は?」と聞かれたことはない。

なんなら、年齢も、職業も、居住地も、家族構成も、趣味も、休日の過ごしかたも、一度も聞かれたことないし。現実世界ではあるあるの、プロフィールの聞き合い的なコミュニケーションが、ほとんど発生しないのである。



だけど、フォロワーさんの年齢や、職業、居住地、家族構成、趣味、休日の過ごしかたを一方的に知っていることもある。そして、わたしがどんな仕事をしているのか、フォロワーさんが知ってたりもする。

これは、わたしを含めてそれぞれのnoterさんが、情報公開する範囲を自分で自由に決めているからだ。

話したいことだけを書く。それを、読みたい人だけが読む。この押しつけ合わない自分主導のコミュニケーションが、個人的にはなんだか落ちつくんだよね。




例えばわたしの場合。このnoteは仕事や働きかたをテーマにしているから、いまどんな仕事をしているのかリアルタイムで細かく書いてる。失敗も成功も、恥ずかしげもなく堂々と。

だけど年齢はアラサーとぼかしていたり、家族の話を書いたことはなかったりとか。なんとなく伏せていたり、書く気がおきずにあえて選ばないテーマだったり。でもそれはあくまでも、わたしの選択なわけで。


逆に、年齢や居住地を詳しく書くことで共感が生まれたりとか、家族や趣味の話をオープンに書くことで、同じ環境の人とつながれたりもするよね。

だれしも、つい書きたくなってしまうテーマとか、あえて書かないようにしている情報ってあるんじゃないかと思っていて。

いま書いていなくても、これから書きたくなるテーマだってあるかもだけど、それすらも自分で決めていいわけで。なにを書いてなにを書かないのか、すべては自分に決定権があるんだよね。




ペンネームを決めてこのnoteを立ち上げたとき。新しい自分として生まれなおせたような気がした。

名前も、見た目(アイコン)も、自由に決めていい。それがすごく嬉しくて、ワクワクした。

もちろん自分自身ではあるけど、別人みたいな。アバターというか、ゲームの世界というか、2次元感もあるけど中身は実在してて。不思議な感覚。


ペンネームは、自分の名前をもじったり、推しの名前にちなんだり、好きなものや言葉から借りたり、なんとなくで決めたり、いろいろな由来があるんだと思う。

それぞれの想いでつけた名前を、あたりまえのように呼び合っている。

はじめてのコメントでペンネームを呼ばれたとき、「そっか、ここでは〇〇(本名)じゃなくて、ゆうあんなのか」と実感した。なんだか照れくさくて、嬉しかったことを覚えている。



わたしもあなたもお互いに、noteに書いてあることしか知らない。

だけどnoteには、現実世界でだれにも話せなかったことを書くときだってあるわけで。友達も家族も知らないようなできごとや感情を、わたしやあなたが知っていることもある。

本名も顔も知らないけれど、文章だけでつながっている。不思議な関係性だけど、なぜかたまらなく居心地がいい。


ペンネームで生きることを許されている、noteという世界が好きだ。これからもここで、第2の自分として過ごしていきたいな。


またね。



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