[#109] 私について書いてみる③
前回の続きです。
転職先を決め、新しい環境になり、新しい発見があった。
いよいよ新しい仕事が始まるぞー!
新しい環境
新たな職場で、最初の頃は「人ってこんなに穏やかに働けるんだな~」とよく驚いていたものです。
怒号が飛び交ったり、誰かに呼びつけられてヘコヘコする光景などと、無縁だったから。笑
最初の3か月は、一応研修期間と言うことで、実務は担当していませんでした。
医療系の技術者が使う機械や材料を製造、販売する会社だったので、
その間に、製品知識、技術系の専門知識や法律に関すること、貿易に関することなどを学びました。
純粋に、新しい知識を身に着けるのはおもしろかったです。
専門的なことは難しかったけれど、今まで知らなかった世界を知ったり、提供される医療サービスの裏側を学ぶことは、興味深いものでした。
それに、毎日のように英語を使える環境も嬉しかった。
実務は担当しなくても、今まで手が付けられていなかった資料の翻訳なども大量に降ってきたので、難しいけどやりがいは感じていました。
営業の仕事
研修期間も終わり、私も担当先を受け持つことになりました。
主な仕事は、海外にある代理店に、製品を販売、輸出する業務です。
初めてながらも、少しずつ業務に慣れ、なんとか自分で仕事を回せるようになっていきました。
幸いノルマというものはありませんでしたが、営業である以上、"目標" は存在するわけです。
月々の目標に売上が到達しなければ、足りない部分を四半期や半期でどうしていくのか、戦略を問われます。
営業が売上をあげることで会社の利益になるのだから、当たり前のことではありますね。
しかし、こういう "実績を求められる"、"数字に追われる" というのが、なんとも私にとっては苦痛でした。
そこに全く面白味を見いだせなかったのです。
最初のうちは、仕事を覚えることや新しいキャリアを築くのに一生懸命で、目の前のことに集中していましたが、段々こういう本音が隠し切れなくなっていきます。
「自社の製品に全く興味が持てなかった」というのも、大きな要因の一つでした。
医療系の技術者向けに販売する製品なので、やはり小難しいわけです。
もちろん一通り製品や背景となる技術については勉強しましたが、それも表面上の知識に過ぎません。
顧客となる代理店の方が、実際に製品を使用する側なので、私よりも何倍も詳しいのです。
なかなか自信を持って説明したり、販促したりすることが出来ませんでした。
そして、自分が全く良さを実感していないモノを販売するということに、どうしても違和感が拭いきれませんでした。
湧き出る思い
そんな思いを抱えながらも、実績を出さねばならない。
思うように売上が上がるわけではない。
仕事である以上、やり続けなければならない。
嫌々ながらも何とか自分を鼓舞して、やり過ごす日々。
忙しさに関わらず、家に帰ると疲れ果てて動けない。
自分のエネルギーが、慢性的に枯渇している感じでした。
そうこうしている内に段々と、「私何してんだろ?」という気持ちになってきました。
「海外と関わりのある仕事がしたい!」と思って、新しい仕事に挑戦してみた。
でも、営業はおもしろいと思えない、好きになれない。
むしろ苦痛さえ感じることを毎日やり続けてる。
コロナで海外出張にも行けない。
「これって私が本当ににやりたかったことなんだろうか?」
そんな疑問がふつふつ湧くようになりました。
自由になりたい、息が詰まる、窮屈だ、苦しい、いつまでこんなことしなきゃいけない?
そんな感情やモヤモヤで、私の中が日を追うごとに埋め尽くされていきました。
朝起きた瞬間から、「私はこのままでいいのだろうか?」という思いに襲われ、
日中は「これじゃない」と感じながら仕事をし、夜になれば疲れ果てて寝る。
そんな日々を繰り返す中で、なんだかずっと自分を偽ってる感じ、狭い箱の中に自分をギューって押し込めてる感じがして、
本当に毎日が息苦しかったんです。
「毎日朝から晩まで会社に缶詰めで、何してるんやろう?」
「ずっと建物の中にいて、季節の移り変わりもロクに感じない。これって人間として健全なのか?」
「平日ずっと仕事で、自由な時間は土日だけ。こんなのおかしくない?」
こんな風に、働き方や生き方、今までの "常識" や "当たり前" に対しても、疑問がたくさん出て来ました。
そういう日々が続いた結果、「会社辞めたいな」と思うようになりました。
というか、「会社員という働き方を辞めたい」と思ったんです。
もう自由になりたい、好きな時に旅に出たい、世界中の景色を見たい、もっと季節を感じたい、好きな時に好きな場所で楽しく働きたい、型にはまるのはもうたくさんだ
そんな気持ちでいっぱいでした。
「世界はあんなにも広いのに、私はこんなところで何してんだ?」
そういう取り残された気持ちというか、焦りのような思いもありました。
いつの間にか変わっていた意識
こんな風に心が叫び続けていたわけですが、
もし私がコロナ前の意識のままだったら、好きではないこと、不得意なことも、「なんとか努力や根性で克服する」というやり方をしていたかもしれません。
今までは、そうやって必死に頑張ってきたから。
そういうものだと、自分に言い聞かせてきたから。
昭和的に言えば、「まだまだ努力が足りない」、「甘えてんじゃない」と捉えられていたようなことだし。
実際にそういう風に言われたことも、何度もあったし。
でも、コロナ禍で社会全体が、立ち止まることを余儀なくされましたよね。
それが自分自身を見つめ直すきっかけになったり、大きな意識の変革になったりした人は多いと思います。
今までの常識が覆された、ということも多いのではないでしょうか。
社会レベルでも個人レベルでも。
私も、コロナで働き方の枠が広がったことに影響を受けていました。
外出や接触を避けるため、様々なことがオンライン化されましたよね。
今までムリだと思っていたことも、可能になってきたわけです。
だから私自身、新しい働き方、自由な働き方に対して希望を見出していたんです。
時代の変化も、なんとなく感じ取っていました。
だけど、自分が思っている以上に、自分の中の意識が変わっていたようでした。
もう以前のように、「嫌なことを我慢してやる」とか「根性でどうにかする」というのが、思いのほか出来なくなっていることに気づいたんです。
というか、そういうことは身(命)を削ることだと実感していたが故に、
心底やりたくなくなっていたのです。
次回に続きます。
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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